世界的ジャム学者フェルベリーの過去

 フェルベリーは小さな女の子でした。燃えるように波打つ赤い髪、滴るような翠緑の瞳、そばかすが散った白い肌。フェルベリーは魔法のことが大好きでした。だから、七歳になると同時に全寮制の魔法学術院に入学しました。

 魔法学術院は素晴らしいところでした。何と言っても一流の魔法使いたちが魔法を教えてくれるのです。フェルベリーは好きなだけ魔法を学びました。フェルベリーは魔法のことも好きでしたが、魔法学術院のことも大好きでした。

 しかし、一つだけ嫌いなものがあったのです。それは、ベリーです。フェルベリーはベリーが大嫌いなのでした。これは魔法使いにとって致命的なことです。ベリーの皮、実、そして種をすべて食べることによって魔法を使えるようになるのです。魔法使いたちは朝、昼、晩にその特別なベリーを食べなければなりません。フェルベリーは食事の度に出てくる生のベリーにうんざりしていました。調理してあるベリーならまだましだったのかもしれませんが、ベリーは加熱すると成分が変わってしまい、食べても魔法が使えるようにはなりませんでした。

 フェルベリーは最初、一気に口の中に詰め込めば味がよく分からないうちに食べられるはずだと考えました。しかし、そうすると逆に口いっぱいにベリーの味が広がってしまい、飲み込めませんでした。次に、ベリーを一つずつ食べることにしました。量が少ない分、味はしないだろう、と考えたのです。確かにベリーの味は前よりしませんでした。しかし、ベリーの口の中で弾ける食感がどうにも苦手で、この方法も没になりました。結局、良い方法は見つからず、フェルベリーはいつも食堂に最後まで残って、鼻をつまみながら水で流し込むようにしてベリーを食べていました。

 ある日、学術院の図書館に行ったフェルベリーは、ある本を見つけました。その本は分厚く、抱えるほどの大きさで、臙脂色の皮の表紙には「ベリーの調理法大辞典」と書かれていました。どうして今まで見つけられなかったのでしょう。フェルベリーは小躍りしました。フェルベリーは何日も図書館に通いつめ、その本を読みふけりました。

 「ベリーの調理法大辞典」には、調理法は勿論、世界中のベリーの特性、成分、扱うときの注意点などが本いっぱいに記されていました。たくさんの調理法の中で、フェルベリーが目をつけたのはジャムでした。ジャムとは、果物を大量の砂糖で煮詰めたものです。これなら口の中で弾けることはありませんし、味も気にならないでしょう。

「絶対にジャムを作ってみせる!作ってみせるわ!」

 フェルベリーの周囲の魔法使いたちのほとんどは相手にしませんでした。この可愛らしい決意が将来、世界に大きな革新をもたらすなんて誰が予想できたでしょう。いいえ、未来視を専門とする高名な魔法使いは予想できたかもしれません。こうして、幼いフェルベリーはジャム学者としての道を一歩踏み出したのでした。

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