よく夢を見る。そこは一面の菜の花畑で、その黄色と黄緑色の中に埋もれるようにして僕は立っている。空は春らしい淡い水色で、青白くて薄い月が浮かんでいる。やわらかい風も吹いている。

 雲雀の鳴き声を聞きながら、菜の花と陽気に包まれて、じっと突っ立っていると、だんだん僕は逆上せたようになってくる。すると、ガタンゴトンと電車の音が聞こえてくる。赤い電車だ。二十メートルくらい離れた先を赤い電車がゆっくり走っている。

 電車の窓から誰かが手を出して、黄色いハンカチを振っている。白ではない。ハンカチの黄色は、菜の花の黄色と混じってしまいそうで混じらない。ひらひら、ひらひらと黄色いハンカチがはためいている。電車は進んでいるはずなのに通りすぎはしない。夢だからだろう。

 僕は逆上せた頭で考える。ハンカチを振っているのは誰だろうか、と。考えても名前は出てこない。ああ、でも、僕は知っている。あの人は僕の大切な人だ。大切で、忘れたくなくて、大好きだったあの人。ガタンゴトンと音を立てながら走る電車の窓から、ハンカチを振るあの人。

 赤い電車は未だに同じ位置で車輪を回していて、あの人は黄色いハンカチを振っている。僕は黄色と黄緑色の菜の花畑で突っ立っている。淡い水色の空には青白くて薄い月が浮かんでいる。僕が名前を思い出すまで、あの人は先へ進めないんじゃなかろうか。ハンカチを振り続けるんじゃなかろうか。そうして僕はどうしようもなく切なくなってーー。

 目が覚めた。

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