小箱
綾鳥
彗星の夜
この村では彗星が降る。彗星が降ってきて、ボシャン、パリンと音を立てて、どこかに落ちる。地に落ちた彗星は暗闇を優しく照らしてくれる植物に、川に落ちた彗星は光り輝く小さな魚に変わる。
それなら、水溜まりに落ちた彗星はどうなるのだろう。雨が降ったあと、地の窪みに浅く溜まった水。日に照らされればすぐに消えてしまう水溜まり。幼かった頃、わたしは祖母に聞いた。「それはね」祖母が言った。「何にも変わらないんだよ。そのまま割れて、溶けて、消えるだけさ」わたしはなんだか悲しくなって、その日一日をぼんやりして過ごした。
わたしは外に出た。家からそう遠くない丘に登ると肌寒くて、ぶるりと震えた。なにか羽織るものを取ってこようかと思ったけれど、家に戻ってまたここへ来ることを考えると億劫でやめた。シューッと本繻子の上で指を滑らせたような音がして、ひとすじの彗星が降った。最初の彗星にひかれるように、次々と彗星が降り始めた。彗星はキラキラと輝きながら深い青色の空を横切り、最後にギラリと輝きを増して、どこかに落ちる。シューッ、キラキラ、ギラリ、ボシャン。シューッ、キラキラ、ギラリ、パリン。辺りを見渡すわたしの吐いた息が、白く霞んでいる。
「彗星は死んだ生き物の魂なのさ」
記憶の中の祖母が言う。今年の夏にいなくなってしまった祖母。「そのうち降ってくるから、それまで待っていておくれ」と、言って死んでしまった。何日か前に、わたしたちが生きるために撃ち殺された鹿、老婆の腕に抱かれて眠るように息を引き取った犬、誰にも知られずにひっそりと飛ぶことをやめた大鷲。かれらに混じって祖母はいつ降ってくるのだろう。もしかしたらもう降ってしまったかもしれない。そして、わたしもいつかはきっと。
わたしは水溜まりに落ちたくないけれど、祖母はどう思っていたのだろう。喉に刺さって取れない魚の小骨のように、そのことだけがチクチクとわたしの心をさしている。わたしはもう聞く術を持たない。あ、と声が出る。彗星がひとすじ、水溜まりに落ちた。
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