04


「じゃ、これももう要らないね」


 ブラスコは少女に笑いかけると、車椅子のグリップから両手を離す。

 それだけ言い、懐に手を入れながら踵を返した。


 少女は顔を上げると、遠ざかっていくブラスコに振り返る。


「ど、どこに……」

「ちょっと煙草ー。入口まで引き返さないと、灰皿無くて」


 尋ねる少女に苦笑しながら、取り出したパッケージを翳した。


 父と同じ、ゴールデンバットだ。

 少女が気付くと同時に、ブラスコはにやりと続ける。


「あと、普通に喋った方が可愛いよォ?」

「えっ?」

「方言。気付いてないみたいだけれど、ちょくちょく出てたから」


 少女は、涙が止まると息も止まった。


 出していないつもりだったのだ。


 通じない時を思うと面倒なのと、そういった地方によくあるからかいを受けるのが、どうしようもなく恥ずかしく感じて。


「…………」


 少女は引き攣った笑みを浮かべ、首まで真っ赤になる。


「何でやねーん。とか言うんでしょ?」

「言いません」


 意地悪い笑みを浮かべるテニアに、俯いた顔を両手で覆いながら即答した。

 実際はバリバリ言う。


「飴玉をちゃん付けで呼ぶとも聞きましたよ? あめちゃんって。何で飴だけなんですか? パンをおかずにパンを食べるような、炭水化物ばかり好む食文化もあると聞きましたけれど?」


 この時を待っていたと言わんばかりに、ちくちくと小言を続けるテニア。

 この時だけは小姑のようなのでババアと言われても仕方が無いが、今少女にそんな事を言う余裕は無い。完全に赤面して黙ってしまっている。


「何で刺身の事を『おつくり』って言って、挽き肉は『ミンチ』で、鶏肉は『かしわ』で、体育座りを『三角座さんかくずわり』って言うんですか? いや、駐車場は『モータープール』って。それ言っておきますけれど全国区なんかじゃ」

「いやめっちゃ知ってるやないですかやめて下さい!!」


 叫んだ。


 豆だって『お』と『さん』を付けて『おまめさん』と呼ぶのだと反論しようとしたが、自ら爆弾を抱えて突っ込むようなものなので絶対言わない。


 テニアもこんなたった一人の少女に、愛する者との誓いを破るような事と、過去を乗り越えるような事をさせられた悔しさみたいなものを、絶対に言いはしなかった。


 不死の魔法と偽った、時を操る彼女の魔法。殺されても死なない。殺されても元通り。


 そこから更に血を与え性能を上げない限り、死ぬまで発動しないという基本設定を作った以上、その相棒であるブラスコは、その気になれば回避出来る苦痛を、敢えて受けなければならないという事になる。それは、ディングス王子との未完の約束を果たす為、欠乏状態を保とうとするテニアの意地に、付き合うという事だ。

 秘める力のその半分も使わず、敢えて質の悪い、最も代価を要さない、劣化版の魔法を大層にも、『不死』と掲げ。


 よく言えるものである。死ねば元通りなのだから、大して恐れる事も無いなどと。

 確かに事実を知れば、誰しもが思うだろう。このテニアという悪魔は、矢張り血も涙も無い怪物ではと。


 だがブラスコは知っていた。本当は死ぬ筈であった、あの最初のガスパールファミリーとの抗争。その中で倒れた彼を、偶然にも見かけたテニアは、大慌てで駆け寄ると言ったのだ。


「――お願いします。死なないで下さい。もう人が死ぬのを見たくないんです。――偽物の、偽物の魔法使いになって下さい。そうだ、それなら何度でも……。死んでからなら、何度だってあなたを助けますから! あぁ、ごめんなさいディングス……! 私はまた、誰かを殺してしまう……!」


 聞き取れているのは、テニアが泣き始めてしまったここまでで、あとは一度死に、また目覚めるまで覚えていない。

 後からテニアに聞いたが、「分かった」とだけ言って、すぐに息絶えたらしい。それを契約の言葉と受け取ったテニアは、凡そ百四十年振りに人を食らった。


 最悪の味だったという。すっかり人間の食事に慣れてしまっていて。


 ディングス王子を愛した日から、食べなくなっていたとは言っていたが。内戦のきっかけとなるあの出来事の直前に、二度と人は食べないと、既に二人の間で決めていたらしい。


 人間になりたかった。


 目覚めたブラスコに、すっかりやつれていたテニアは言った。

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