05


 何故自分は悪魔だったのだろう。他の悪魔より融通が利くようで、人の食事は食べられるのに。


 人を食べるのをやめれば、人のようになれると思っていた。人に認められると思っていた。……いやもう、そんなの無理でしょ。一目惚れでしたよ。言いませんでしたけれど、私だって。


 だから、だからせめて、いつかちゃんと果たしたいと、守り続けて来たんです。戦時中だって、沢山見捨てて……。

 自分の事なんてどうでもよかった。でもあの人との約束を、あの人が決めた覚悟を、否定されたのは許せなかったんです。周りの王族だ、軍人達だ……。それまであんなにあの人を次の王だと大切にしてきたのに、何て言ったか分かりますか? 気の触れた、愚か者だと吐いたんです……。こっちの話も聞かないで。

 すぐに私を殺しに来ました。兵隊の数なんていちいち数えてません。

 本当は全員、殺してやろうかと思った……。 ええ、どいつもこいつも粉々に潰して、ハンバーグのタネにでもしてやろうかと思いましたよ。でもあの人を、狂人だと思われるような事はしたくなかった……!

 ――ごめんなさいブラスコさん。つい目の前で倒れていらしたからと、助けてしまって。勝手に破ったのは私なのに、あなたが憎い……!


 だって私、断られたんですよ……?

 どうせ認めてくれない、だったらもう黙って逃げて、私の魔法でずっと一緒にいましょうよって言ったらあの人、「終わりが無ければ今こうして、君と過ごした時間が無意味になる」って。


 永劫なんて要らないから、別れとある君を愛したいと。



 ブラスコは、再びアルヴァジーレに戻るまで、ずっとテニアの話を聞いていた。


 来る日も来る日も、それまで人との関わりを極力避け、ずっと一人で生きて来た彼女の苦しみを、気が済むまで。

 半分はその昔話、半分は、ブラスコへの謝罪だった。自分の我が儘で、勝手に人生を捻じ曲げてしまったと。

 そしてそのとんでもない我が儘に、テニアは今回も付き合わせていた。


 少女の為に、本当の魔法を使う為の力を貸して欲しい。そうブラスコに頭を下げて頼もうとした瞬間、彼は「オーケー」とたったそれだけで了承し、魔力の元となる餌として、彼女に右手を食われると、リセットの為に死んでいる。

 テニアはその事実を少女に伝えるつもりは無かったし、ブラスコもそれは同じだった。いや、もう不死である彼にとって、そんな事は気にもならない。


 自分はきっと、こういう者になりたかったのだ。だから雪村に憧れ、彼の背を追ったのだと。

 落ちると腹を括った同族には、容赦の無い戦いを。然し堅気には手を出すな。覚悟も無い、粋がっているだけの坊主も殺すな。

 その正義とは絶対に異なるが、一本の筋が通った信念に憧れて。


 それは共食いであり、結果的には、堅気という弱者を守る事にもなる。触らないという事は傷付けない。

 自分のルールで何かを掴み、そして誰かを守ってみせる。その響きは内戦で壊された人生を、取り戻すような輝きに満ちていた。


 戦友達を助けたかった。家族を守りたかったし、近所に住んでいたあの子だって、きっと救ってみせるんだ。

 十五からの徴兵で戦場に叩き込まれたブラスコは、その望みを何ら果たせず終えている。雪村との出会いで夢に燃えるも、道は半ばで閉ざされた。そこを拾い上げたのが、テニアの魔法ではなく、見捨てられなかった、テニア自身の優しさである。


 ブラスコが聞き取れていた言葉の中では、テニアは自分が悪魔であると、一言も言えていない。

 ただ狼狽し、魔法使いがどうたらと、とても容易には受け入れられない内容だっただろう。それでも最後まで聞かず、泣き始めて不明瞭にもなっていたその声に頷けたのは、誰かを悲しませてはいけないという、たったそれだけの思いだった。


 彼は焦がれていたのだ。

 確かに誰かを、救えるかもしれない瞬間を。


 例えそれが、かつての友を殺す事になろうとも。


 ままならず、全てを得る事は出来ず、限り無いその中で、何を選び取っていくか。

 生きるとはそういう事であり、今更雪村を撃った事を悔いもしないが、それでも意地が悪いだろうと、一人ブラスコは苦笑する。


 腹を括った者同士、野暮と今更分かっていても。


「――ほんとは何が欲しかったんだい。旦那ァ」


 彼の心を表すように、冴えない空が暮れていく。

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