暴力派女優

 とは言わず、テニアは容易く深刻な顔を作る。


「……どう動くつもりなんですかね。ガスパールファミリーさんは。今日明日にでも殺すと、宣言されていましたけれど」


 演技ではない。確かに感じている心の一つだ。

 故にその振る舞いに、芝居がかった気配は微塵も無い。


「例の黒い魔法使いだろ? 勘弁して欲しいぜ」


 雪村は面倒そうに身を乗り出すと、残っていたトーストを口に放り込んだ。


 ザクザクと、食欲をそそる咀嚼音を立てると続ける。


「トニス・ダウアは全滅しちまってるから話聞けねえし、残されてた書類にガスパールファミリーに関わるもんは無かったし。じゃあ何で、ガスパールファミリーの臓器売買のネタを、あの魔法使いが知ったんだって話にもなるが。まァ書類はあの魔法使いが持って行ったか処分したか、そもそもトニス・ダウアが本当に、 ガスパールファミリーの内情を知ってたのかって話になるが……。まーあそういう諸々の答えをだ、全部あの魔法使いに攫われちまったって訳よ」


 雪村はそう言うと、主菜副菜が乗る皿を掴んだ。サラダもスモークサーモンも目玉焼きも、纏めて口の中に放り込み、頬をパンパンにして、不機嫌そうにもぐもぐと噛み始める。


「…………」


 テニアはその様を、小動物のようだと思った。


 ハムスターもそうだが、ラットだのあの忙しないと言うか貪欲な食べ方を思い出し、何とも言えない目を向ける。


 あと五年も待たない内に七十になるというのに、いつまで経っても健啖家。


「なんふぁええのあ。おまあらあうまおあおーうあいあお?」

「何ですか?」

「何か無えのか。お前ら悪魔と魔法使いだろ? だってさ」


 行儀は悪いわ汚いわ聞こえないわで、眉を顰めるテニアにブラスコが通訳した。


「ああ……。いや、どうと言われましても。ていうか勢澄会の方にも、まず相談されるべきはあの魔法使いの方ではなかったんですかね? 上手く隠れていたのでしょうか……」


 言いながら違うだろうと、頬杖をついたままテニアは思う。


 隠れるつもりがあるのなら、わざわざトニス・ダウアは殺しただの、ガスパールファミリーを殺すだのと、情報を流さない。トニス・ダウアの拠点があると教えて来たり、邪魔をするなら殺すが、敵意は無いと言ったりと、寧ろ親切にも取れる。まさに、過激な正義漢ヒーロー気取りと言うべきか。


 目立つ事この上無いが、知名度はこの程度。ならば、トニス・ダウアよりも後から入り込んだ、余所者と考えるのが現実的か。最も新しい侵入者と。


「きっと、何かしらの真実に基づいて動いてる」

「どういう意味ですか?」


 コーヒーを飲みながら言ったブラスコに、テニアは頬杖をやめた。


「ただの噂の為に、ここまでやるかな? 幾ら法で裁かれない魔法使いでも」


 ブラスコはそこまで言うと、空になったカップを置く。


 人間の法律で、魔法使いは裁けない。


 例え魔法で罪を犯そうと、証拠さえ揃えば逮捕は出来る。が、拘束する術が無い。何とか魔法をくぐり抜け魔法使いは捕らえられてもその相棒、悪魔を拘束するのは、非常に困難だからだ。テニアのような制約コンストレーンツならまだしも、影に潜む憑依ポゼッションはどうにもならない。契約相手を牢屋に入れた所で、簡単に手を借りて逃げられてしまう。

 漸く悪魔を退治する術を得てはしても、殺せば罪とは許されるものではなく、殺せば事実を知れる訳でも無い。魔法使いへの、本格的な法整備もこれからだ。法の力で魔法使いを捕らえるのは困難を極め、野放しが実態なのである。

 故に魔法、悪魔絡みの厄介事は、ブラスコ達のような魔法使い兼便利屋へと流れていく。


「嫌いなギャングの中でもガスパールファミリー……。それと、臓器売買にこだわる理由は何なのか。この街がまだ知らないだけで、既に外では、これらに関わる、何かしらの真実が漏れているかもしれない。でないと無理じゃないかなァ。根拠も無いのに、 あんなド派手な暴れ方」

「まァ結局、あのちびを追うしか無いって事ですけどね」


 何中身の無い事カッコつけて言ってんですかと、テニアは呆れて嘆息した。妙に整っているので、いい顔をさせると様になってしまう。


「分かりやすくていいじゃねえか。勝手に現れてくれる場所もあるんだしよ。今日か明日か、直にもな」


 食べ終えた雪村はにやりと笑い、再びテーブルに身を乗り出した。


「ガスパールファミリーですか」


 テニアは冷静に返したつもりだが、僅かに返事が固くなる。


「例の魔法使いについては、ガスパールファミリーも知りたがっててな。存在は警察のお友達から掴んだんだろう。今朝ガスパールから俺に、昨日の一件について詳しく聞かせろと連絡が入った。今日の夜、北区の外れで会合を開く事になってる。そこにお前らも、用心棒として出席して欲しい。報酬は勿論、昨日の件とは別に払おう」

「えーん? グレちゃんいるんだしいらなくなーい? 俺じゃあ難しい話されても、爆睡で失礼かましちゃうだけだしぃ」


 軽口を飛ばすブラスコを、テニアは一瞥した。


「馬鹿野郎話は聞いてなくていいんだよ。お前らの役目は、もしもの時の備えだ。時間が来たら車出してやるから、それまで今日はのんびりしてろ」


 それを聞いたブラスコは笑みを浮かべ、テニアの肩に腕を回すと抱き寄せる。


「それはラッキー。――じゃあ暫く暇になったって事だしテニっちゃん? 今日はこれからデートでも」

「しません」


 吐き捨てられると同時に、また奪われたスプーンで太腿ふとももを刺された。

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