選り取り見取り

 テニアだ。

 固い雰囲気を纏っている。


「おーうテニっちゃーん。探索お疲れぇ」


 ブラスコはわざと、へらへら応じて踏み出した。

 廊下の先には部屋があり、武器か何かの保管場所だったらしい。

 正方形の、段ボールぐらいの大きさをした木箱が、天井すれすれまで積み上げられ、道幅は廊下とさして変わらない、路地裏のような迷路になっていた。


「いやあ凄いねえこんな場所あったんだ? 西区のエデンじゃこんなの無いよねえ?」

「武器輸入で稼いでいる、ガスパールファミリーの縄張りだからではないですか。まあ厳密には縄張りではなく、影響力を持つエリアですけれど。エデンは禁止区域ですし。――アルヴァジーレでも北区とは、物騒なエリアと認識されていますからね。いざという時の、避難所として作られたとか。……あの魔法使いは、どうされました?」

「あーいや、それが逃げちゃって」


 嘘をついた。


「そうですか」


 てっきり怒声が飛んで来ると思っていたブラスコは、足を止めそうになるぐらいぽかんとする。


「ん? 随分優しいねえ。さっきの雄姿にびびっときちゃった?」

「有り得ません」


 即答はいつもの事だが、冷たい以前に声に温度が無い。

 よくない事が起きているサインだ。

 彼女と長く連れ添っているブラスコは、少しだけ大股になる。

 何度も行き止まりに当たりながら、突き当りの壁が見える、多少開けた場所に出た。二坪もあるかどうかと言った所か。


「おー着いた着いた。いやあ、ここ何か迷路みたいで……」

「私の足跡を辿ればよかったじゃないですか。多少なりとも血痕が残っていたのでは?」


 こちらに背を向けたまま、淡々と応じるテニアに、ブラスコは冗談を飛ばすのを忘れてしまった。

 空間には、テーブル代わりに並べられたものと、椅子代わりに置かれた木箱が並んでいる。周囲には書類が散乱し、コンクリートを覆っているのかと思うと、その上にぶちまけられた赤で台無しになっている。テーブルにも沢山の資料が、大量の札束と共に無造作に積まれていたが、それもこの犯人には、不要だったらしい。

 組織の資料と金。それを差し出してでも許しを請おうとしたようだが、相手はそれを望んでいなかったようだ。椅子代わりに用意された木箱に掛ける男は、俯いてぐったりしている。

 歳は三十代中頃。それまで見て来た死体達より、一回り程歳上だった。

 結える程度に伸ばしたぼさぼさの金髪。タンクトップに派手な柄のシャツを着て、スラックスのようなだらしないズボンを穿いている。スニーカーは擦り切れていた。いい歳をしていつまでも痛々しい、ギャングにもなれなかったチンピラ風の、どうしようもない男と言った所か。

 この組織の頭だと、ブラスコは気付く。

 組織の名簿らしき書類がテーブルに散らかっており、そこには木箱の男と同じ写真が添えられた一枚が、金や資料の一番上に乗っていた。


「トニス・ダウアのボス、ガメット・スルウェイです」


 先に目を通していたのだろう。テーブルを挟み、ガメットと向かい合うように立つテニアは続ける。


「あの全身真っ黒野郎の言っていた事は、どうやら本当だったようですね。信じるつもりなど微塵もありませんでしたが、正直な人殺しもいたものです」


 ガメットを見たまま、ブラスコは尋ねた。


「……じゃあ、このボスをやったのも?」

「奴でしょうね。猟奇趣味でしょうか?」


 テニアはうんざりと言うと、ブラスコを向いてテーブルに座ると足を組む。その際手に取っていた資料を、退屈そうに流し読みしだした。


「この木箱の中は、恐らく全てクスリです。さっき幾つか開けて確かめました。錠剤がもうたんまり。ガスパールファミリーの内部抗争により混乱している隙に、北区エデン内でバラ撒いて、その売り上げで資金を得ていたそうで。今時って感じですね。いや全く、思わぬお小遣いに胸が躍ります」


 資料を戻すと、散らかっている札束を掴んで勘定を始めた。

 それは楽しくなさそうで、そうして馬鹿な事をしてみては、気を紛らわそうとしているようで。

 ブラスコはおもむろに上着を脱ぐと、テニアの肩にかける。


「何ですか」

「さっき濡れちゃってたじゃん。猫みたいにウェーって襟首銜えられて」

「紳士ですねえ。――ああそうそう、先にこちらの調査に来たんで、雪村様にはまだ連絡してないです」

「あー誰かが警察呼んだみたいだから、死体の処理は任せていいんじゃない? ここのお金で、この場は勢澄会が預かりますって事にして、後は雪村の旦那に任せれば」

「ですね。帰りましょう。シャワー浴びたいです」

「俺も。なーんか疲れちゃったなァ」


 ブラスコは伸びをした。


「その前に、どうこれを説明するか考えなければいけません。まず疑われますし」

「そうなんだよねえ……」


 冗談を飛ばし合い、現実から目を逸らしていた二人だが、仕方が無いのでそれに目をやる。


 ガメット・スルウェイ。


 彼に思い入れは無い。死んでいた他人である。


 ただその死に様には、ブラスコは同情をしてしまった。両手を後ろで縛られた上に腹部が服ごと、ごっそり抉り取られていたから。辺りに広がる血の海にはかつてそこに収まっていた、様々な機能を持つ肉が散らかっている。


 テニアも流石に応えたのか、妙に淡泊にそう言った。


「肝臓だけ無いんですよねえ。地上の死体とおんなじで」

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