第五章
考察ブラック
ブラスコは、周辺を歩いて見つけた電話ボックスで勢澄会に報告を済ませると、近隣住民による通報でやって来た警察を、駆け付けた勢澄会組員に、用意して貰った金で黙らせた。
後は組員らにその場を託し、テニアと西区エデンにある、事務所兼住居に帰宅する。
休むと陽が昇るのを待ち、昼前ぐらいから勢澄会の屋敷へ向かった。
「買った方がいいんですかねー。携帯電話」
その道中、小さく欠伸をしながら、表通りを歩くテニアは言う。
仕事中でないなら、ギャングも表通りを歩く事は出来る。裏通りの店だけでは買い物など、生活に不便な面がある為だ。
テニアが言っているのは最近売り出された、ポケットサイズの電話の事である。
昔からその手の、持ち歩く電話は出回っていたが、鞄ぐらいに大き過ぎて、それなら電話ボックスを探す方がましだった。技術の進歩とやらで小型化に成功し、高額だが近頃は、警察などを中心に配備されている。
ギャングも一部の幹部が持ち始めたようだが、浸透していると言うにはまだまだ浅い。テニアも、雪村が使っているのを見た程度だった。手の平サイズの長方形をした箱を耳に当て、急に喋り出したのを見た時は、つい怪訝な目を向けてしまったものである。
彼女の横を歩くブラスコは、澄み切った空を見上げると、眠そうに頬を掻いた。
「んー……。まァ便利そうだけれど、記録が残るのはねえ。電話なんてその辺にいっぱいあるし、そんな高いのポケットに入れて、壊しでもしたら大変だし」
「持った方がいいとは聞きますが。確かに、仕事を受け損ねる事はうんと減りますしね」
仕事の依頼の大凡は、事務所の固定電話からである。
便利屋のメンバーは彼ら二人だけ。仕事を受けている間にかかってきた電話には、当然出られない。それまで逃して来ていたかもしれないビジネスチャンスを掴む事が出来るのは、確かに嬉しい事ではあった。小さな電話一つで、収入のチャンスが増えるなど。
然し、それまで逃してきた仕事は確かにあったかもしれないが、今日まで生活は成り立っているのである。そこまでしてがっつく理由も無いのではと、ブラスコは考えていた。そんなもの、電話番を雇えばいいだけであるし。
「じゃあ雇いましょうよ誰かー。変わり映えのしない日々に、流石に飽きが回ります」
テニアが口を尖らせた。
これも何度も上がっている話題ではある。
「ギャングのおっさんばっか眺めてたら心が死にますよ。誰かいないんですか? 暇してるお知り合いとか。この際どっかのキャバ嬢でもいいですからあ。掃除とかやってくれる方欲しいです。家庭的って言うか……。口が堅くて、真面目そうな。まあそんな堅気っぽい人、そもそもこの世界にいませんけれど……」
眠気でぼんやりしていたブラスコだが、急にシャキッとすると顎に手を当てた。
「ふむ。確かにそれはいい」
「下心がスケルトンです」
「出来れば美人がいい」
「あの汚い部屋を見て、顔を
「おいおいテニっちゃん。俺は掃除ぐらいやれる男よ?」
「そうですか。じゃあ雇わなくていいですね」
「何で?」
「当番制にしているのにご主人がサボるからほぼ私一人の仕事になっている家事雑事を担ってくれる方が欲しいんですつかいい加減ルールは守って下さい!」
「あー、うん、それはー――」
遠い空に、テニアのビンタ音が突き刺さった。
「…………」
ご機嫌斜めである。
赤くなった左頬の、じりじりとした痛みを堪えながら、ブラスコは口を開く。
「手を出すのはどうかと思うなあ……」
「そっすね」
「…………」
目も合わせず吐き捨てられた。
テニアは今度は不気味な笑みを浮かべると、胸まで上げた両手をわなわなと震わせる。
「出来損ない? この私が? ハッ。私の半分も生きていないようなガキの分際で、何とまァ嘗めた口を利いてくれたものですかね……!」
「…………」
情緒が不安定である。
どうやら昨日の影の言葉が、痛く
単体で影の前に現れたから、人間と契約も出来ないという意味で言われたのだろう。あとは高位悪魔である
単なるタイミングの問題だと、ブラスコは思うのだが。ブラスコ達からすれば乱入者であるあの影とは、不意打ち以外の何物でもなかったし。トニス・ダウアの拠点に偶然近付けていたというラッキーにも驚きだが、外部からやって来た魔法使いに蹂躙されていたとは、予想しようにも突飛
確かに影のお陰で、勢澄会からの依頼は相当手間が省ける事にはなったが、直接情報を聞き出せない内に、始末されていたのは痛い。ましてガスパールファミリーを殺すと、宣戦布告をしてくるなど。
「……何だったんだろうねえ。あの黒い子は」
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