怪人レプタイルズ
脱力したような動きは疲労を感じ、勝機と取ったブラスコは床を蹴る。
何せ影は、強烈な血の臭いを纏っていたのだ。影自身の血ではなく、外から染み付いた。
影に建物が破壊され、テニアを助けに行こうと階段を駆け上がろうとした際。まだしっかりと確認出来ていないが、地下室への入り口を見つけている。彼が見た時には既に目隠しは取り外され、底から異臭も上っていた。
その異臭と、影が纏っている臭いが同じなのだ。同じ人間からぶちまけられた、死の臭い。あの不快感の濃さから、 奥で死んでいる数は一桁では収まらないだろう。地上でも既に十一人は殺している。活動量は相当の筈だ。
そこに敵対している者に、背を向けるという行為。
致命的。そう呼んで違いは無い。
影を取り押さえようと、ブラスコは飛び掛かる。
尾が飛んで来ても反応出来るよう、気を引き締めた。
もう真夜中とは言え、契約相手の影に潜んで暮らしているのが常な
ブラスコに違和感が走る。
人間にべったりで離れらない、非力な悪魔。太陽が怖くて、昼間は影に潜んでいる。
影。
影。
今あの魔法使いは、腰から尾を出さなかったか?
まるで爬虫類と人のハーフとでも言うように、ほんの僅かな一瞬、怪物のような姿に。
迷いが生まれた瞬間、背を向けていた影は、前方に飛び出すと壁を蹴る。
身を捻りながらブラスコへ跳ぶと、彼の頭上を越え、向こうの壁際まで距離を取った。
その動きは一瞬で、疲労など微塵も感じさせない。
再度ブラスコに背に向けて着地したその様は、寧ろ余裕すら感じた。
影は、そのまま切り出す。
「ココ、ノ、一階ニ、トニス・ダウア、ノ、拠点ガ、アル」
ブラスコは振り返る。
「オ前達、ハ、ソレ、ヲ調ベニ、来タ、ンダロ、ウ。役目、ヲ、果タス、ベ、キダ」
「いやあ思わず先客があったもんで、びっくりしちゃってね」
ブラスコはへらっと笑みを浮かべると、頭を掻きながら向き直った。
「うちのバディが飛び出しちゃったみたいだし? ハッハァ。ごめんねえ血の気多くて。……君、この辺の子じゃないよね? 見ない魔法だ。どこから来たのか教えてくれるとお兄さん、すっごく助かるんだけれど」
「敵意、ハ、無イ、ガ、邪魔、ヲ、スルナラ、殺ス、ダ、ケダ」
遠くから、パトカーのサイレンが聞こえて来る。
魔法に強化された聴力が、より緊張感と鮮明さを持って、ブラスコに音を伝えた。
「ガスパール、ファミリー、ヲ、殺ス」
影は言う。
ブラスコの目に、僅かに憐憫が滲んだ。
何がそこまで、影を駆り立てるのだろうかと。
「明日、明後日。ジ、キニダ。邪魔ヲ、スルナラ、殺ス。ヤク、ザ、ノ、犬共」
その眼差しには気付かないのか、影は言うと、矢張り足元ではなく腰から飛び出した尾で、目の前の壁を叩き割った。
尾はすぐに引っ込むと、影はその穴から飛び下りる。
追う気が無いブラスコは肩を竦めると、煙を吐こうと煙草を持った。
……火を点けていなかったのを思い出す。
遣り切れなくなって銜え直すと、火を点けるのも面倒だと嘆息した。
「ん、トニス・ダウアの拠点がどうって……」
一階の地下室を思い出す。
恐らくテニアが、確認に向かっているだろう。
一階に下りると、異臭に顔を
角度の厳しい、手すりも無い打ちっ放しのコンクリートの階段を暫く行くと、半開きになった鉄扉が現れる。
道中の階段もそうだが、血がべったりと付いていた。てらてらと赤黒く輝いて、床まで伝って垂れている。
食材として人間に慣れ親しんでいるテニアが見れば、体内から放出されてどれぐらい経った血かなど解説してくれるが、ブラスコは血や死体には慣れているだけで、それ以上の関心は無い。
女性や子供なら滑り込めるだろう程度に開けられた鉄扉の持ち手を掴むと、全開にして中に入った。
つまりテニアの身体の厚さもこのぐらいで、つまりボディラインはあんな感じかと、そちらへ思考を回す方が楽しいのだが、言えばあのハイヒールで足を潰されるので内緒である。
女性を最もエレガントに見せる長さという意味から、常に七センチのハイヒールを愛用しているテニアであるが、その扱い方はブラスコの所為で、些か凶器染みていた。
ドアを開けると、ホールのような大部屋が現れる。
粗末な椅子とテーブル、ランプにポット、コーヒーカップと死体が散乱し、寒々しいコンクリートの室内を染めていた。何と四十人近く。
全員が若い男。皆 G11 を装備していたらしく、中には銃身が叩き折られたような姿となって、それぞれの傍らに転がっている。
壁や床に銃痕はあるが、その少なさと人数が釣り合わず、大した反撃は出来なかったらしい。不意打ちをされたのだろうか。そして、仰向けになっている者だけを確認しても、全員が腹部を裂かれた痕がある。
ブラスコは苦い顔で辺りを見ていると、正面に廊下を見つけた。
人が
ブラスコはなるべく靴を汚さないよう、ジャンプして血溜まりを避けながら、足早にそこへ向かった。
廊下の壁にも血痕がある。死体を
顔と胸を強かに削られており、特に壁に触れていたらしい身体の右側は、赤く潰れて損壊具合も分からない。全身に銃痕があり、盾にされた挙句、壁に擦り付けられ死んだのか。
……怒り。などでは、収まらないか。
足を止め、廊下を振り返る。
憎悪と呼ぶべき執念が、赤い直線となって、刻まれている気がして。
「胸が痛むねえ……」
「ご主人」
廊下の奥から声がした。
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