永劫の悪魔
何か使えそうな物は無いかと、辺りを盗み見ながら考え始めたテニアは、影に視線を戻した。
「……どういう意味ですか」
疑念に声が低く尖る。
「オ前達、ガ、追ッテ、イル、奴ラノ、名ダ。コチラモ、奴ラ、ニ、用ガ、アッタ。殺シタカ、ラ、モウ、イナイ。残党、モ、今死ン、ダ」
「殺した……? 壊滅させたという事ですか? 何の為に」
「――ヤクザ、ヲ、殺ス。ギャン、グモ、殺ス。ドレ、モ、同ジダ。トニス・ダウア、ハ、ギャング、ダッタ。ダカ、ラ、殺シタ。奴、ラハ、汚イ。クスリ、人、内臓ヲ、金ニ、スル」
こいつも余所者か。
テニアは確信する。
確かにそうで、ギャングに限らず、世に背く者とは
という真っ当な事を分かってはいても、この街で口にする者はいない。ギャングが恐ろしいからではなく、アルヴァジーレとはそういう所だと、ここで暮らしていれば誰もが知るからだ。物騒で、不潔で、染み付いた悪が法の代わりとなり、今日も歪に回るいかれた街だと。
このアルヴァジーレでそんな堅気染みた言葉を聞くとは、流石に驚きを隠せなかった。至極真っ当な事を吐いておきながら、 何と惨い行いに手を染めているのかとも。
死体など見慣れている身分ではあるが、そんな言葉を並べながら殺しに走る者など見た事が無い。
狂人か、過激な
ゆったりと腕を組んだまま、影は続けた。
「ダ、ガ、外レダッ、タ。アレ、ハ、クスリ、ヲ、売ッテイル、ダ、ケダッタ。臓器、売買ハ、シテイ、ナイ。ガスパール、ファミリー、ガ、ヤッテイル、ラ、シイ。ソウ、アノ、ボスガ、言ッタ。ガスパール、ファミ、リー、ヲ、殺ス。オ前、
「ちょっ……と待って下さい。トニス・ダウアがそう言ったのですか?」
ほんの最近――。精々数ヶ月前から入り込んで来たばかりのトニス・ダウアが、何故そんな情報を。
「煩イ、女、ハ、嫌イダ」
テニアの身体が宙に置かれる。
すぐに重力に引き付けられ、派手に尻餅を着いた。
「あだっ!?」
あの大木のような輪郭が消え、影は腕を組んだまま、テニアを見下ろす。
「耳、ニ障ッテ、
にゅっと手を伸ばし、テニアの首を掴んだ。
「かっ……!?」
プレス機のような力に、息が詰まる。
「オ、前、何故、シ、ツコイ。ガ、スパール、ファミ、リーカ、トニス・ダウ、アノ、仲間、カ」
テニアはフードの奥から、微かに苛立ちが滲んだような気がした。
「……食ウ、ゾ。
テニアは薄笑いを浮かべ、影の背中を痛みが襲う。
その衝撃は、肺から空気を押し出しながら胴を抜け、足を地面から引き離した。
影は胸を反らすような格好で、正面に僅かに残されていた壁を突き破る。
影の背に蹴りを浴びせたブラスコは、咽せるテニアに駆け寄ると抱き起こした。
「……いやァーよかった。この建物、人は住んでなかったみたいだよ」
どうせそんなこったろうと、分かっていた遅刻の理由に呆れながら、テニアは咳に滲んだ涙を拭う。
「あー慈善活動ご苦労様です……。で、死体の方は?」
どっと、重量を感じる音が地上に響く。
ブラスコは残念そうに肩を落とした。
「生憎タトゥーとかは入れてないみたいで。もうドロドロになっただけ。まあ銃の入手ルートから辿れば、何か出てくるんじゃないのかな。変わった趣味してらっしゃるみたいだし」
テニアは血塗れになったブラスコの手を一瞥すると、つまり自分の服も汚れたのかと、嫌そうに起き上がる。
「それは残念でしたね。まあネタなら今からぶん取れますが……。ってああちょっと待って下さい」
二人の正面の壁を凄まじい勢いで、地上から一直線に駆け上がって来る音がした。
壁を伝って来た影がその姿を現したのと、引き寄せるようブラスコの首に、テニアが腕を回したのは同時。
再び三階に着地した瞬間、影に動揺が見えたのは気の所為だろうか。
そう感じる程に不吉だったのだ。ブラスコの喉を、今にも噛み千切ろうと口を開けたテニアの目が。
「――お腹空いたんですよ」
皮膚を破る、ぶつっと嫌な音がする。
魔法とは、人智を超えた不思議な力であり、然し同時に、確立された
そんな創作の中の一遍に、悪魔は大笑いした。
余りに有名な話である。物語の中の話とは言え、いや人間とは矢張り、本当に愉快な生き物だと。
魔法とはそういうものではない。自ら付けたその名に、きちんと答えを出せているというのに、何故そうも履き違う?
もっとその名をよく見てみろ。学べばどうだ、努力すれば誰しも扱えるようになるだ、そのような泥臭い労力を、要するようなものではない。もっと楽で、簡単だ。扱う事だけを目的にしたならば、努力も才能も必要無い。魔法とは魔の
彼ら悪魔からすれば、人間とは食糧に過ぎない。とは言えその食糧は、他の生き物よりは遙かに知恵を持ち、余り気儘に振る舞うと策を捻られ面倒だ。故に、友好的な相手を探して誓いを交わす。魔法という力を貸す代償に、その血を捧げよと。
自在に火を放つ、水を放つ、雷を落とす。悪魔からすれば調理法に過ぎないその力を、余程楽しいのか人間とは、喜んで欲しがるものなのだ。血を与えるだけで、そのような力を得る事が出来るならと。
故に魔女、魔法使いとは恐れられる。悪魔の
中でも彼女、テニアの力は特異だった。
それこそ、人間が思い浮かべる魔法のように、火や水を操る力を持つ悪魔がいる中で、彼女が振るうのはたったそれだけ。悪魔からすれば、最も魅力の無いものだろう。自分が契約を迫られた人間なら、受け入れる訳が無いと。不死身など――。本当にお前の餌になれと、言っているだけではないか。
故に、『永劫の悪魔』など。
ブラスコは手近な瓦礫を掴み、影に向かって投げ付ける。
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