落下死男と蒼白少女

 バーテンではない。

 穏やかそうな彼にしては品が無さ過ぎるし、余りにも態度が横柄だ。感じる年齢もバーテンよりはやや若い。そして声の発生源が、かなり高い位置からのような気が。


 悪漢達やバーテンも、どこから聞こえたのかと動きを止めて辺りを見渡す。不気味だったのである。俯瞰されているようで。


 この倉庫の中で起きている事は、全てお見通しだとでも響いた声の主は、然しどう目を凝らしても窺えず。


 人目を避けて、明かりの類を用意しなかったのが仇になったか。すっかり夜目に慣れていた、悪漢達は苛立った。


 一番に痺れを切らしたスキンヘッドは、有り得ないと思いつつも尤もそれらしい位置――。頭の真上辺りにある、天井へと怒鳴った。


「誰だコラ! てめえがこのガキの差し金」

「この不滅の伊達男、ブラスコ・グロッシュ様が来たからには……ってどぅあっ!?」


 と、何とも間抜けな声に遮られる。


 すると老朽化した天井が突如抜け、廃材と化した屋根の一部分と共に、何かがこちらへ落下して来た。


「うお!?」


 慌てて躱したスキンヘッドのいた位置に、廃材と化した屋根の一部分と共に、人間が突き刺さる。


 深緑のYシャツに、黒いネクタイを緩く締めた、黒いスーツを着た男が。


 肩から上を、すっぽり地中に埋もれさせ。


「…………」


 空気が凍り付く。


 どー見ても死んでるっぽいのだ。


 ブレイクダンスでスピンを決めようとしたら、回転し過ぎて頭で地面を掘ってしまったとでも言うつもりなのか、それらしい姿勢のままぴくりともしない。


 高い天井から落ちてきたのである。無事な方がどうかしているが、然しもっとマシな着地フォームは無かったのか。頭から真っ逆様ではないか。そして何故倉庫の屋根という、馬鹿しか好まないだろう危険な位置に立っていたのか。

 なんてチンピラ達が思っている内に、腕はだらりと垂れ下がり、下半身は四つん這いをするように、ぺたりと座り込んでしまう始末。


 今度は、『物凄い勢いで土下座をしたら地面に頭がめり込んで死んでしまった男』みたいに見えなくもない。不滅らしいが、早くも滅してしまっている。というか、こいつは一体何者で……いやもう、何をしに来たのか。


 緊張感が抜けてしまったというか、寧ろ疲れを覚えさせるような微妙な空気の中、活力に満ちているのはただ一人。


「やっだご主人様ったらぁ! 驚かさないで下さいよぉ!」


 合わせた両手を満面の笑みを浮かべる顔の横に回し、片足まで上げてみせて喜ぶ、顔面蒼白でハゲと叫んでいたあの少女。

 漫画なら『きゃるーん』なんて効果音が付きそうなその笑みは、ぶりっ子とかのレベルを越えてキモいの域。彼女も一体何なのであろうか。


 顔は地中に埋まっているので知れないが、このかつて不滅らしかった男は少なくともおっさんであると、声でバーテンもチンピラ達も知っている。

 そのおっさんを『ご主人』と呼び、慕っているらしい謎の少女……。犯罪の臭いしかしない。


 その上、こんな場所に年頃の娘を連れて来て、屋根から落下死した男である。ろくでなしの具合で言うなら、自分達よりこの男の方が屑なのではないか? そんな疑問すらチンピラ達に浮かんだ。「つかこいつら援交じゃね」と。


「ささっ。そんな所に埋まってないで、こいつらドカンとぶっ飛ばして下さい!」

「いや死んでるだろ」


 スキンヘッドが口を挟む。


「んな訳無いでしょこの程度で」

「あ?」


 スキンヘッドが呆れた時だった。


 落下死男の足が、ぴくりと引き攣る。


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