首無し男は不死に踊る
一斉に落下死男へ振り返ったチンピラ達やバーテンは、その現象に息が止まった。
死んだ筈の男の両腕が、忙しなく動き始める。
何かを探すように這い回る。
その勢いは病的で、ばたばたと周囲を叩くようであり、十本の指は、死に際にのたうつ芋虫のように伸縮を繰り返す。やがて身体の位置に気付いたように、両手で自分の胴を触ると、ぴたりと動かなくなった。
かと思えばまた、ばたりと叩くように、頭の両脇辺りの地に着く両手。
それを支えに、今度は下半身が動いた。
雑なフォームで地を蹴った両足が、ぐんと勢いよく持ち上がり、ブレイクダンスのスピンのような姿勢に戻る。
その一連の動きはまるで、頭を潰されかけた虫のようだった。意思はあるが上手く制御の利いていない、不格好な動きがそれらしい。神経だけで辛うじて、蠢いているような。
男達はぞっとした勢いで、忘れていた息を吸う。
いやそもそもこの男は、頭から落ちた大馬鹿者だ。もう死んだのだ。現にだらりと脱力した瞬間は、誰しもこの者の死を悟ったものである。なのに痛みに悶える訳でも無く、何をそう気味悪く動き出している?
「――」
誰かが呟いた気がした。
不明瞭に籠った言葉にも満たない声が、倉庫の中にぽとりと落ちる。
最初から怯え切っているバーテンではない。彼はもう、声も発せない程恐怖に取り憑かれていた。落下死男が現れてからというもの、ずっと彼から目を離せなくなっていて、それ以上の動きを取れそうな心理状態ではないと容易に分かる。
ならば少女か。
いや、今のは男の声だった。
チンピラ達でもない事は、彼らの動揺した態度で分かる。
その場にいた者達の視線は真っ直ぐに……。足で虚しく空を掻き続けている、落下死男に向けられていた。
「――お……おぉ」
地獄の底から響くような、不吉な音が地から漏れる。
空中でもがいていた両足が、背を反るように勢いよく着地した。ブリッジを決めたような体勢を取り、首を引っこ抜こうと全身が力み出す。
みちみちと、首の筋肉が悲鳴を上げているような、
頭ではなく、地に足を着けて現れる事に成功した男の顔は、無かった。
肩に乗るのは、頭を失った首の端。
裂けた皮膚は垂れ下がり、折れた骨は傾きながら空へ突き出し、止めどなく噴き出すのは赤、赤、赤。時速二百十六キロで身体を巡っていた血が、ある筈のコースを外され、行き場を失くし弾け飛ぶ。Yシャツを、スーツを、あっと言う間に染め上げてもまだまだと。
「あーもうご主人ズレちゃってますほらどいたどいた」
少女は呆れ顔で言うと、動かなくなったスキンヘッドの手下達を押し退け、首無し男に近付く。
胸まで持ち上げた両手を、特に意味も無くもぞもぞと動かしている首無し男を無視すると、袖を捲り、あの地獄のような声を発し続けていた頭を、地中から引き抜いた。
現れたのは、黒い短髪の男の顔だった。眉にかかるかぐらいの前髪を、右目の上を分け目に流している。襟足は刈り上げていて、首筋は坊主のように露わになっていた。どこかアジア系を感じる顔付きで、
然し、太い顎や締まり無く垂れた三白眼は、男らしいと言うより、野犬のような危険さを感じた。彼を視界に入れれば途端、堅気の人間では無いと分かる圧力を持っている。
ただ、口を半開きにし、目はどこを見ているか分からないまま固まっているその様は、もう人ですらなくなってしまったような有り様だったが。
その短い髪を鷲掴みにした頭に、少女は当たり前みたいに話しかける。
「頭、置いてっちゃってますよ。ほら。いつまでもそっちに留まってないで、早くリセットして下さいな」
そう言うと、ぶらんと頭を身体の方へ突き出した。
千切れた根元から血が零れている状態なので、少女が頭を振り回す度に、赤い飛沫が
すると、あらぬ方を向いていた目玉が、少女に反応するようにぐるんと動いた。
「……お、おぉ。失敗しちまったァちょっと寝てたわ。ってあーあーもう服が台無し……」
「ひぎゃああああああああああああああ!?」
余りの光景にタイミングを逃し続けていた手下達は、漸くその感情を爆発させた。
「すんませんすんませんすんませんすんませんマジさっせんした!!」
打ち合せでもしていたのか、手下五人は揃って叫ぶと、涙やら鼻水やら、冷や汗に小便まで撒き散らしつつ、少女が出て来た鉄扉へ、一目散に逃げ出した。
その恐怖の光景を最も近くで見ていた、スキンヘッドを置き去りにする格好で。
「あっ!? ちょっと待てマジ有り得ねえだろお前ら……おおい!? ガハッ」
「ちょっとォご主人逃げちゃうじゃないですか依頼達成出来ません!」
鷲掴みにされたまま頭を振り回されている男は、目を回しながら言い返した。
「ぐぼえ気持ち悪っ……つか俺今こんな感じだから追えないし!?」
「何ショボい言い訳してるんですかミキサーにかけますよ!? 下手に繋がってるならそのまま走らせればいいんですよオラ待てやゴラァ!!」
少女は言いながら振りかぶると、男の頭を手下達にぶん投げた。
ヒール? スカート? 関係無い。ベースボールプレイヤーかと思わせるような見事なフォームで放たれた男の頭は、恐怖の余りか、内股で女走りと化していた気持ち悪い手下集団の一人の背にぶち当たる。
その勢いに頭を命中されられた手下は、ぎゃーだのとまた悲鳴を上げつつ、仲間を巻き込み団子になっての大転倒。
何がぶつかったのかと振り返ればその正体にまたぎゃーと悲鳴を上げ、その隙に一つの足音が迫って来る。
投げ付けられた頭部を慌てて取り返そうと、血を撒き散らしながらスプリンターばりのスタートダッシュを決めていた胴体だ。
「ちょっとテニっちゃん!? 頭は大事にしてって何回も言ってるよね!? あと言っとくけど意識あるんだから、首とかぶん投げられたダメージしっかり感じてて痛いから!!」
まあ叫んでいるのは、当然ながら手下達付近に転がっている頭なのだが。
そこでまたぎゃーと叫ぶ手下達だが、面倒なのでそこは割愛。
首無し男の全力疾走に腰を抜かし、その隙に距離を詰められると、全員顎へのパンチを食らい、仲よく気絶した。まあ放っておいてもその内気絶しそうではあったが。
「……さて」
それを眺めていた少女は、蹴り倒したスキンヘッドに口を開く。
「お喋りに付き合って貰いますよ、新参者さん。あなたの話を、沢山聞きたい方がお待ちです。首をながーくして」
スキンヘッドも腰を抜かしてしまったのか、両手を後ろに着いて、少女を見上げたまま動けない。顔はもう真っ青を通り越し真っ白で、身をガタガタと震わせていた。
「……なな、何だってんだお前ら……。聞いてねえぞ、こんな奴がいるなん」
「ハッハァ。 矢張りモグリですねえ。我々を知らぬとは」
首無し男の血で汚れていない方の手で、乱れた髪を整えながら少女は笑う。
「見ての通り、魔法使いですよ。不死身のね」
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