第二章
褪せた義侠
「で、先程は一体何を? ご主人様」
「あ、ああいや……」
ブラスコ・グロッシュと、テニっちゃんとやら。
二人が一ヵ所に纏めたチンピラ達を見張っていると、黒塗りの高級車が、すうっと倉庫の前に停車した。
追走していた黒のセダン四台も停車し、それぞれから運転手を残し出て来たのは、黒いスーツの男達。シャツは柄物やどきつい赤であったりと、その筋の者達と一目で分かる。
高級車から出て来た男達は、白いシャツに黒いネクタイと統一されていたが、纏う雰囲気はより物々しく、彼らの上司という気配があった。
「屋根から飛び下りて登場しようかなーっと……。ほら、カッコいいし」
「思いっ切り屋根踏み抜いてましたけどね。つか子供ですか。あとその頭、早く何とかして下さい流石に不気味になってきます」
汚れてしまったので腕を組めず、忙しなく片足で地面を叩いて気を紛らわせていたテニっちゃんは、隣に立つブラスコをじとっと睨んだ。
取れた頭をボールのように小脇に抱えたままの胴体は、出血は治まったらしく、首の上の空間を掻くような仕草を取る。
「いやあこれは稀に見るバグと言うか、一遍リセットしないと戻れないっぽいと言うか……」
今のは多分、頭を掻く仕草だったのだろう。
肝心の頭は小脇に収まっているのだが。
「あーそうですかご苦労様です。全く何年組んでいるのかと疑いたくなるチキンハートですね」
テニっちゃんが大きく、嘆息した時だった。
「お疲れ様です。ブラスコさん、テニアさん」
高級車から降りて来た一人が、スーツ集団を率いて倉庫に入って来る。
「ああグレブさん。お疲れ様です」
テニアに声をかけられた、先頭を歩く金髪の優男、グレブは、穏やかな笑みを浮かべた。
「これはこれは……。また派手に暴れたようですね」
歳はまだ二十代半ばと言った所か。カフェの店員でもやっていそうなこの男が、その若さでギャングの幹部とは分からない。
グレブと呼ばれた男に、ブラスコとテニアの側で座らされていたチンピラ達は震え上がった。
「せ、
スキンヘッドが声を上げると、グレブは穏やかな笑みのまま、後ろの部下達に命じる。
「お前達はこれを。お二人はこちらで運ぶ」
笑顔の裏から、息が詰まるような圧が漏れた。
「はい!」
部下達は応えると、素早くチンピラ達を羽交い絞めにし、次々と外へ運び出して行く。
「や……やめろぉ! お俺達は下っ端だ、ファミリーの事なんて
銃声が響き、喚き続けようとしたスキンヘッドの声が途切れる。
グレブはブラスコ達に向いたまま、懐から出していた拳銃をしまった。
「おや、トカレフで?」
既にしまわれた拳銃について、テニアは目を丸くして尋ねる。
トカレフとは、1930年にソビエト軍に制式採用された、自動拳銃である。
「ええ。腐る程余っていまして」
「へえ珍しい」
その返事の裏で、感情が尖る。
テニアはそれを、全く覚られずに続けた。
「グレブさんクラスならグロックで固めるのが流行りだー。なんて聞きましたけれど」
「まさか。貧乏人がそのようなものに手を出す余裕などありませんよ」
「またまたぁ。うちと比べれば豪勢ってものですよ
なんて歓談をしている間にも、チンピラ達はあっと言う間に見えなくなった。死体と化した一名は直に、その辺に捨てられる事だろう。
まだ五人も仲間は残っているのだ。
「こんな所で立ち話もなんです。ボスがお待ちしておりますので、一度お二人の家まで送りましょう。着替えが必要かと思いますので」
「あーいやありがとうございますわざわざ。どっかのあほ主人がヘマしやがったお陰で血塗れになっちゃってー」
テニアは青筋の浮かんだ笑みを浮かべると、ハイヒールでブラスコの足を思い切り踏ん付けた。
「痛え!? いやそれご主人様に対する態度かいテニっちゃん!?」
飛び上がるのは胴体で、涙目になっているのは頭だが。
「いい加減にして下さい不気味です。――グレブさん。ちょっと今の、貸して貰っていいですか?」
「構いませんが、それぐらいの事は私が……」
「いーんですよお構い無く。さっきは段取りと違う事されて肝を冷やしましたからね……。ねーご主人?」
テニアは歩み寄っていたグレブからトカレフを受け取ると、早速トリガーに指をかけながらブラスコの頭に構える。
ぎょっとしたブラスコは、頭を庇うように背を向けた。
「えっ、撃っちゃうの!? もうちょっとほっといたら治るのに!? お兄さん、痛いのはやだなぁ――」
「うるっさいんですよこちとらあんたのヒーローごっこの所為で死にかけたんです! あとグレブさん、あちらで泡吹いて倒れてるバーテンさんは一般の方なので送って貰ってもいいですかね後で住所教えますから!?」
怒声と共に響いた銃声は、今度こそ平穏をもたらした。
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