呑兵衛と喫煙者

「ガッハッハッハ! それで何だ、血塗れになっちまったから一旦帰って風呂入って出直して来たってか! いやあ陽気な奴らだぜ全く!」

「いやあすみません旦那お待たせしちゃってぇー!」


 白と黒を基調とした暗い店内を、仄かにオレンジの明かりが照らす。


 ここは、あの倉庫の一件から三時間程経った、ある高級クラブ店。

 依頼主である勢澄会せいちょうかい組長がお気に入りである、ここ『トワイライト』に報告をしにやって来たブラスコとテニアは、雪村ゆきむらアベラルドとテーブルを囲っていた。


 ずんぐりした大きな身体。黒のYシャツに白のスーツ。ロマンスグレーのオールバックに、口周りには白い髭。確か歳はもう六十半ばか。ピアス、ネックレス、指輪等を少々。然し成金とは感じず、それぞれのデザインもさりげなく洒落ていて、何なら粋と感じる程のこの男。

 彼雪村と、何事も無かったように首が繋がっているブラスコを、店で指折りのホステス達が囲い、テーブルには酒のボトルやらグラスやら、塊のまま出されたような肉料理などが散乱している。


 確かにフードメニューはあるものだ。つまみとなる軽いものなら。然しクラブとは食事をしに来る場所では無く、社交場である。客もあらかじめ食事を済ませてから来るものであり、そもそもこんな肉塊が鎮座する訳が無い。

 これは雪村による持ち込みか、店側の特別なサービスだろう。というか幾らギャングのボスとは言え、こんなにどんちゃん騒ぎをしてしまうなら、キャバクラの方がよかったのでは。


 そう何ら楽しくないテニアは辟易しつつ、ワイングラスに注がれた水と氷を、マドラーでからからと掻き混ぜていた。一応ホステスを挟んでブラスコの横に座ってはいるものの、結局退屈でしか無く。

 何せ雪村の言った通り、一旦帰って身形を整えて来たとは言うものの、グレブに送って貰ってここに着いたのはもう、かれこれ一時間前だ。

 報酬も貰っていなければ報告も出来ておらず、それ所か雪村は、飲め飲めとブラスコと一緒に盛り上がってしまい、あっと言う間に二人の飲んだくれが出来上がる。

 出来上がっているのはおっさんのテンションだけであり、 仕事としては何ら進んでいない。


 いつもの事と言えば、いつもの事なのだが。

 吐き出しそうになる溜め息を、テニアは水で流し込んだ。


 テーブルを囲うように、『コ』の字をしたソファーに掛けているテニアは、両脇をホステスにサンドイッチされてご満悦のあほ主人が掛ける中央部を無視し、向かい合わせになった先で、同じくホステスをはべらせて掛ける、雪村を一瞥した。

 この辺りではブラスコと並んで、珍しい血を引く人種である。東洋、だったか。

 元は余所者でありながらこの混沌の街、アルヴァジーレでギャングの長と成り上がったのは、本当に大したものである。


 彼が率いる勢澄会せいちょうかいは、このアルヴァジーレでも有数のギャング組織であり、東洋生まれである彼の性質からか、他のギャングとは毛色が違う。刺青いれずみ盃事さかずきごと指詰ゆびづめなど特殊な文化を持ち、堅気……所謂、一般人へ手を出すような商売はしない。

 他のギャングはカジノに武器輸入など、多岐に渡る『お仕事』に精を出しているが、この勢澄会せいちょうかいはまだ真面と言うか健全と言うべきか、綺麗な稼ぎ方をしている。まだ・・だが。


 これもギャングには珍しいが、主に彼らの商売相手は、同族のギャング達。彼らが起こす問題を始末したがる人間に、雇われては金を得る。ギャングあってのギャングだ。自警団と言うと格好がつき過ぎる気もするが、その方法でここまで大きくなってきた勢澄会は、今やこの街の警察代わりのような存在にある。

 このアルヴァジーレで最も信頼が厚く、力を持った組織達。それを語るなら、この勢澄会は外せない。


 東洋ではこのような組織はギャングではなく、暴力団とか、ヤクザとか言うんだとか。出身ではないテニアにはよく分からない。ブラスコからその辺りは聞いているので、ギャングとは異なるものだと認識している。


「まあ余りその辺はしっかり認知されてねえんだけどな。少ねえからよ。この辺りで東の血は」


 ボトルごとワインを呷っていた雪村は、空になったボトルを置くと言う。


「まあ名前ぐらいでガタガタ言わねえけどな。組の奴らもこの辺の奴ばかりだ。こっちでの呼び方が、組でも主流になってるよ。俺の事もボスってな。――しっかし今回もお手柄だったなあお前らはァ! やっぱり厄介事は、お前らに任せるのが一番だガッハッハ!」

「ありがとうござ」

「いや~ありがとうございますぅ雪村の旦那ァ!」

「…………」


 姿勢を正し、深々と頭を下げたテニアの声に被せるように、グラス片手にへらへらと笑いながらまあてっきとうに応じるブラスコ。


 テニアはあほだと思った。


 そもそもこの遣り取りがもう三回はされている。


 突っ込む暇も無くまたかんぱーいと、ボトルとグラスをガッチャン割らん勢いでぶつけると、一気飲みをし始めるおっさん共。


 いい加減うんざりしてきた。


 テニアは煙草が吸いたくなってきて、スカートのポケットに手を入れようとするものの、シャワーを浴びて着替えた際、置いて来てしまったのを思い出す。

 着替えと言ってもテニアもブラスコも、色やデザインが若干変わるだけで、各自持っている仕事着は全て同じなのだが。


 ギャングがスーツ姿と決まっているように、彼らの格好も身分を表すものの一部となっていて、仕事着は統一されている。黒のスーツに無地のカラーYシャツはブラスコで、黒いハイヒールと黒のハイウエストミドルスカートに、シックなYシャツを合わせた少女はテニアだと。現に二人は、先と全く同じ姿をしていた。


 雪村の部下達は、店外も含め万一の為の見張り中で、煙草のお遣いを頼めるような状態では無いし。


 雪村の側近であるグレブは、テニアのすぐ目の前に立っているのだが察したのか、警戒中に煙草のお遣いはと、肩を竦めて苦笑される。

 過去に煙草は毒ですよと、彼にやんわりと禁煙を勧められているテニアでもあった。見た目が見た目だけに厄介だとも。


 そういう訳でまた溜め息を堪え、額に当てていた手を下ろすとテニアは切り出す。


「……あー雪村様?」

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