「あなたに語るようなものでもありませんからね」

「おう何だいテニア嬢? あーやっぱり女の子にはつまんねえか。お駄賃やるからそこのホストクラブにでも」

「大丈夫です趣味じゃないんで。あの申し訳ありませんが、そろそろ仕事の話を……」

「おーっとそうだったそうだった。ん、してなかったか? いやしてねえなまだ金を払っちゃいねえ。うんうん。ほら、三千五百だ。ご苦労さんよォ」

「やっほう雪村様太っ腹ァ! ――あだっ!?」


 早速受け取ろうとしたブラスコの足をヒールで踏ん付けたテニアは、その隙に雪村から、三千五百ドルの入った封筒を受け取る。


 このあほに渡すと、どう下らない使い方をしてくれるか分かったものではない。まして今は足りないネジが、酒で緩んでいる状態だ。この場で使い切られても何らおかしくはない。

 貴重な生活費、クラブ代に変えられてなるものかと、乱暴にスカートのポケットに押し込んだ。


「ありがとうございます雪村様。……これで、新勢力とやらも大人しくなればいいのですが」


 さりげなく仕事の話題に持って行くテニアに、雪村もむんと頷く。


「まーあここからだけどな。――トニス・ダウアってぇわけえギャングだ。街の北側から入って来たらしく、連中のものらしい見慣れねえクスリがバラ撒かれてるとか。あの辺は堅気の方が住んでる地域で、どこのファミリーの縄張りでもねえから、誰も上手く手が出せねてえって感じだな。鉢合わせして抗争にでもなったら大変だしよ」


 テニアは不快感に顔をしかめる。


「……勝手に商売ですか。こういう場所とは言え、自由にも程がありますね」

「ガッハッハ! 愛されてる証拠じゃねえかアルヴァジーレがよォ! まーあ尤もテニア嬢の言う通り、楽しい状況ではえわな。正直他の組織もどう手を着けたらいいか困ってた風だから、いつも通り勢澄会せいちょうかいが頂いといたぜ。正義の味方は儲かる儲かる。北の堅気の方々からのご依頼だ。西を縄張りとしているからと言って、堅気のかたァ困らせる連中は放っておけねえ」


 このアルヴァジーレという内陸の都市は円形をしており、東西南北で区切られた四つの地域を、四つのギャング組織が支配している。尤も都市全域を四分割されている訳では無く、アルヴァジーレという円の中に、更に一回り小さくなった円があり、その内側の円を各組織で、四分割しているという形だ。

 外側の円は一般人が住む、比較的治安の安定した健全なエリアであり、そこでのギャング及び、それに準ずる組織の活動は禁止されている。アルヴァジーレを支配する、四つの組織達で決めたルールだ。街が街である為の。


 ならず者だけでは都市は成り立たない。市場いちばも病院も、社会の大凡の仕事を担ってくれているのは、そうした一般の人々だからだ。故にその禁止区域――。『エデン』と呼ばれる外側のエリアでの、ギャング絡みの活動は固く禁じられている。


 なのだが。


 どうやら最近外部から、新たな組織が入り込んで来たらしい。


「北区はガスパールファミリーの縄張りですが、何か情報提供などは?」

「別に無えなあ。堅気の方から連絡があったから、引き受けるぜって電話をした時にも、好きにしろって文句も無かったし」

「我関せずですか」


 怪訝そうに眉を曲げたテニアに、雪村は続けた。


「まー面倒事を引き受けてくれるようなもんだから、ラッキーぐらいに思ってるんじゃねえのかね。うちの組の奴がぞろぞろと歩き回る訳でも無えし、お前ら便利屋に頼むとは言っといたからよ。中立の者に任せるなら、別に好きにしてくれとさ。『不死身の魔法使い』なら、撃ち漏らしも無えだろうってよ」

「そういう時だけ調子いいですよねーガスパールさん。いつもは魔法使いだ魔女だ下らねえって言うくせに」


 テニアはぶすっとして足を組むと、グラスの水を一気に飲んだ。


 ブラスコや雪村の呑兵衛に不満が溜まっていたにしても、随分とあっさり負の感情を表に出す。


「まああそこは、パイプに魔女も魔法使いもいねえからな。いざって時を思うと毛嫌いしちまうのさ。……死なない魔法使いとその相棒の悪魔なんて、それだけで不吉だろ?」


 雪村は不敵に微笑むと、ぶつ切りにしていたステーキを豪快に頬張る。


 魔法使い。魔ののりを使う者。


 魔法とは、悪魔が持つ力、魔力を元に起こされる、様々な現象の事である。

 魔法使いとは悪魔と契約し、その悪魔が持つ魔法を、借りる力を得た者だ。


 常識ではなく、悪魔のルールに則った超常的な力を使い、ことわりの外で生きる者達。故に魔法使い、魔女とは多く怖れられ、ブラスコとテニアというコンビも、例に漏れず畏怖の対象となっている。


 ブラスコ・グロッシュとは『永劫の悪魔』ことテニア――。彼女と契約し、何度殺しても絶対に死なない力を手に入れた、不死身の魔法使いだと。


 倉庫での落下及び頭部引き千切れ事件で死んでいなかったのは、テニアという悪魔の力を借りていたからである。

 死ねば心臓はまたひとりでに動き出し、手足をもがれてしまっても元通り。どう死のうと、生前の健康な姿に戻してくれる。爆弾で吹き飛ばされても安心という訳だ。なのだが稀に、取れた頭に意識が残ってしまったというような、予期せぬ不具合も生じる事があり。

 故にテニアは先の倉庫で、ぐずぐずしていたブラスコに痺れを切らし、発砲した訳である。


 不具合が起きた際の戻りは遅いのだ。完全に絶命してリセットした方が早いと、その魔法の持ち主であるテニアは知っている。死ねば元通りなのだから、大して恐れる事も無いと。

 それでもテニアは不満そうに、寂しげにも零した。


「……中身は同じですよ。悪魔も人も。何を持ち、どんな姿をしているかというだけで」


 悪魔がどこで生まれ、どこからやって来たのは、誰も知らない。


 テニアは十代の少女という姿をしてはいるが、年齢的にはブラスコは勿論、雪村よりも遥かに上であり、酒も煙草も当然いけるという訳である。ややこしい姿なので面倒にはなりやすいが。


 そもそも人間の基準で、飲酒や喫煙に制限をかけられる筋は無いし、無視した所でどうなる程やわな身体でもないとグレブには言いたいのだが。人間のように酒や煙草に興じる意味も無いのではと問われれば、「いいじゃないですか」としか言えないので黙っておく。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る