ビギナーズラックはここまでだ
ブラスコとテニアというコンビを知らない者は、このアルヴァジーレにはいない。
この街で有名な魔法使い、魔女を挙げよと言われれば、必ずこの二人の名が上がる。その不死という同業者にも異質な力を用い、街を常に、中立な立場で自由に行き来する何でも屋と。当然、見合った額があってこその『何でも』だが。
今回は、アルヴァジーレを支配する四大組織の中でも、特に懇意にしている
グラスを傾け、煌びやかに照明を弾く氷を眺めながら、テニアは話を戻す。
「……隣接しているエデンでの非常時には、まずそこに一番近いファミリーが対応するのが習わしみたいになっていますよね? 特に明確に決められたルールではありませんが……。何か問題でも生じれば、隣接するファミリーの威信に関わる事にもなります。ガスパールさんの所、何かあったんですかね? 新入りに嘗めた態度取られてる状態なのに」
「内部分裂だって噂だよ。内輪で揉めてて、今それ所じゃないんだって」
鼻の両穴にストローを刺した変顔で、ホステスを爆笑させていたブラスコは、ストローがそこに収まったまま真面目に言った。
「と言いますと?」
テニアは呆れつつも、慣れた様子でストローを抜くと促す。
――別に今のは、そこまで気を遣われる程に傷付いてはいない。
とは言わずに。
ただでさえ上品とは言えない振る舞いに馬鹿まで足されたら、流石に自分の所為とは言え困ってしまうとも。
呆れの裏で苦笑するテニアに気付かず、ブラスコは話し出す。
「んーまあ、この前北区エデンのバーで聞いた話だけれど、ガスパールファミリーの縄張りの辺りで、最近ドンパチやってるような雰囲気が……とか。その……トニス・ダウア? が狙ったようなタイミングでやって来たもんだから、エデンもちょっと荒れ気味なんだって」
「まあ警察に任せてもいいですしね。別に」
四大組織の方が力を持っている街ではあるが、警察も一応は機能している。
ギャングとの癒着に汚職と、腐敗具合はとんでもないが。
「なァんだ知ってんのかい。折角勿体振ってたのに、種明かしされた気分だぜ」
雪村は笑うと、それまで食べ続けていたステーキの、最後の一切れを頬張った。
切り分けた皿の上での話であり、まだ塊のようなステーキはどーんとテーブルに残っている。
「雪村様ー?」
「睨むなよテニア嬢。綺麗な顔が台無しだァ」
数回噛むとすぐにステーキを飲み込んだ雪村は、下手だが愛嬌のあるウインクを飛ばし、肉塊ステーキを切り分けようと身を乗り出した。
「……ブラスコの言う通り、ガスパールんとこは今立て込んでてなあ。代わりにうちが引き受けたって事情なのよ」
「こんな中途半端な依頼を寄越して来たのにも、ちゃんと裏があるんでしょ? とっ捕まえるだけなんて正直、勢澄会の皆様で余裕だし。なのにわざわざ俺達を雇うって事は、何か別の狙いがあるんじゃないのかなァ?」
ブラスコは不敵に笑うと、ホステスごとテニアの肩を抱き寄せた。
不快感で眉間に皴が寄るが、いちいちテニアは怒らない。その代わりに、雪村の目を見て言った。
「……何か、厄介なネタでも持っているのでしょうか? そのトニス・ダウアとは」
馬鹿騒ぎの酒盛りだった空気が、不穏な緊張を孕んで淀む。
この程度で、顔色を変える者はいない。盛り上げはしても口を挟んだりはしないホステス達も、ブラスコ達がどういう世界の人間かはよく知っており、例え仕事中に、その筋の話を聞いても口外しない。
その口の堅さからも、雪村はこの店を気に入り、今日まで足繁く通って来た。彼女達も伊達に、四大組織が縄張りとしているアルヴァレージの内側の円――。『ダニエル』の西区、勢澄会をバックに商いをしていない。
切り分けたステーキを皿に盛る途中のまま、ぽかんと固まっていた雪村はにやりと笑う。盛ったステーキに、フォークをぶすりと突き刺した。
そして深くソファーにかけ直すと、足を組んで話し出す。
「……勢澄会がギャング殺しの用心棒なら、ガスパールファミリーの商売は、風俗と武器輸入とは知ってるよな。まああそこは結構やんちゃなようで、裏でクスリを回しているという噂もあるが」
仕事に入ったんだからいい加減にしろと、テニアはブラスコの手を払う。
ブラスコはぺちんと叩かれた手をぷらぷら振りながら、名残惜しそうな苦笑を浮かべた。
「……ご法度だけどね。麻薬の製造及び流通は。あれは簡単に人を駄目にしてしまうし、流石にクスリを撒かれたとなると警察も飛んで来る。何よりそういう混乱は、お金の流れを淀ませてしまいますからねえ。一時的に、莫大な利益を得たとしても」
「証拠は上がってねえけどな。これは極秘のネタだが、最近、もっとやばそうな事に手を出し始めたって話を聞いてよ。何でも臓器売買だって噂だぜ。こんな街だからな……。学も身分も無え人間
今度はテニアが口を開く。
「なら、北区のエデンに近い病院が目星でしょうか。確か雪村様は外のご出身ですから、アルヴァジーレ外でも繋がりを持ってるんですよね?」
「おうよ。ただ、真偽の程は調査中ってな。ただの噂かもしれねえが、火の無え所に煙は立たねえとも言うさ。そもそもこういう世界の連中は、真偽以前にそんな噂を立てられるってェだけで、結構なダメージになっちまうんだよ。面子がな」
雪村は太い指で、とんとんと自分の頬をつついてみせる。
「まァそんな訳だ。ガスパールファミリーの事は俺達でやるからお前らは、ちょいと北区の現状を探って来てくれねえかい。その、トニス・ダウアって新参者を中心にな。まずは四大組織のよしみで、ガスパールの周りを探りてえのよ」
ブラスコはどっかりと、仰け反るようにソファーに掛け直す。
「ハッハァ。ツイてませんねえガスパールファミリー。泣きっ面に蜂」
「笑い事ではありませんよご主人」
テニアが睨んで注意する。
「四大組織とはアルヴァジーレの柱。もしガスパールファミリーが落ちるとなると、街全体の混乱を招きます。――その、トニス・ダウアという新参者が、今入って来たというタイミングも気になりますね。ガスパールファミリーをよく思わない者が、リークした恐れがあるかもしれません。……ガスパールファミリー内の何者かがという場合も、そんな噂が流れている状況では容易に考えられますが」
「その辺は
テニアはあの情け無さを思い出し、つい呆れ顔になる。
「いかにも下っ端と言った雰囲気でしたが。まああの程度の根性なら、さらっと喋ってくれるかと」
「そんじゃあまずはあの辺に戻って、トニス・ダウアの偉いさんを探しに行ってみようか」
「ですね」
ブラスコが早速立ち上がりながら言うと、テニアは頷く。
「何か分かったら報告しろよ。ガスパールのボスから許可を得ているとは言え、内部分裂中らしいからな。あくまでお前らだけで、上手くやってくれ」
「了解です。因みに、お幾らで?」
テニアの問いに、ニヤリと雪村は笑った。
分厚い封筒を、懐からテーブルへ投げ捨てる。
「前払いで一万だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます