第三章

彼女の流儀

「雪村様、最初からこれも込みで依頼をするつもりだったんでしょうね」


 北区エデンに入った所で切り出したテニアに、前を歩くブラスコは応じた。


「多分ねえ。まずは新人ちゃん達を捕まえるのを、手伝って欲しかったんじゃない?」


 飲んではいるが飄々とした態度は元からであり、酒には強いので足取りと呂律に変化は無い。


 ここから二人は、路地裏などの裏通りを主に使う。四大組織により決められた、ギャングへのルールだ。エデンは一般人の領域であり、ギャングは仕事中は裏通りを使い、極力彼らの生活を脅かさないよう尽力せよと。


 狭い路地では並んで歩くと道を塞いでしまうので、一列縦隊になって歩くのもギャングの癖だ。背の高い建物に挟まれて、圧迫感は勿論、空がギュッと狭くなったような錯覚を覚える。

 土の道に転がるのはゴミ。道の脇にはぞれぞれの建物が設置したゴミ箱が置かれているので、それを狙ったネズミや猫がうろうろしており薄汚い。


 エデンだからという訳では無く、アルヴァジーレとはそういう街だ。狭く埃っぽく薄暗く、盛り場でもどこか寂しい。派手な場所、賑わっている場所には、金と暴力が渦巻いている。


 テニアは怪訝そうに眉を曲げた。


「まあ、ガスパールファミリーと北区の状況を知った今なら筋の通る話ですけれど……。別に勿体振らないで、最初から全部話して、纏めて頼んでくれればよかったのにと思いません? 別件として受けられたので、儲けは儲けですが」

「まずは軽めの依頼で働きぶりを見て判断をしたかったんでしょ。俺達に依頼するべきか、勢澄会せいちょうかいで全部当たるべきかとか。内容が内容だしねえ。俺達みたいな便利屋さんも、他に無いって訳でも無いし。旦那も色々考えてんのさ。すっかりお偉いさんだからねえ。昔から偉かったけど」

「個人的に言わせて貰うなら、効率的に運びたい所ではありますけどね。奢って貰っておいて飲まない訳にはいきませんが、一時間も飲んだくれている暇があるのなら、もっとやる事あったと思いますけれど」


 そう言うテニアだが、酒には一杯も付き合っていない。

 ただ下っ端を捕まえるだけという依頼に疑問を覚え、事前にこうなる事を見越し、水で誤魔化していた。


「ハッハァ」


 ブラスコは笑う。


 それは、テニアも無意識に真似てしまっている事がある、彼独特の笑い方だった。


「真面目と言うか抜け目無いのはこの世界でとってもいい事だけれど、 ああした何でもない事にもしっかり付き合えるのも、大人ってもんなのさ。お金の遣り取りだけじゃあつまんないでしょ?」


 単に元勢澄会組員だから、頭が上がらないだけでは。実質試されているというのに。

 丁度トニス・ダウアのように、勢澄会が新勢力と呼ばれていた頃の付き合いで。


 とは言わず、テニアは彼女らしい頭の固い返事に変える。


「それなら酒やお喋りではなく、仕事で掴んでみせます。約束を果たす以上に、誠意を示せる行為はありませんから」


 そんな繕われた返事に、ブラスコはつい笑みを消した。


「あァ……。なァんで君みたいな堅気の似合う子が悪魔なんだろ……。神様も意地悪だぜ」

「悪魔と契約をした人が、一体何を言っているのやら」


 テニアは、本当に意味が分からないという顔で言う。


「まあ遅刻してる手前一杯も付き合わないっていうのはねえ」

「それがご主人が時間を取らせるような事をしたからでしょう!? 何言ってんですか全く……」


 三叉路に伸びる道に来て、ブラスコはまあ何となくであろう、右に曲がろうと踏み出した。

 が、その足が地面に着く前に、軸にしていた足で百八十度身を翻すと、そのままテニアに向かって来る。

 訝しんで片眉を上げたテニアが何か言おうとする前に、その口を右手で塞ぐと、左の人差し指を立て、「しぃ」と自分の唇に当てた。


 急な事に驚きかけたテニアは、「どうかされましたか」と冷めた目で訴える。


 ブラスコは意味深な笑みを浮かべたまま手を下ろすと、顎で右手の路地を指した。

 テニアはブラスコを通り過ぎると、右手の路地に半分だけ顔を覗かせる。


 のっぺりとした闇が続いていた。閉め切られた窓からは、僅かな光も望めない。とても何かを確認出来る明るさではないが、テニアは何かを察したのか、一瞬だけ顔を出すと、ブラスコの下に引き返した。


 その表情は文句を言っていた先までの、緩い雰囲気が消えている。


「――警察への連絡はどうしますか」


 緊張で鋭くなったテニアの声に、ブラスコは肩を竦めた。


「仕事中だからねえ。変に依頼の中身知られたくもないし」


 二人は便利屋と名を馳せている上に、勢澄会と同じ西区で暮らしている身分である。それに腐敗しているとは言え、警察も治安維持に努めている身だ。 勢澄会からの依頼を預かって調査に来たなど、質問攻めにされるような事はとても言えない。


「然し、あれは我々の手には……」

「まァ悪いけれど、朝までじっとしてて感じかな」


 ブラスコは困った笑みを浮かべると、右手の路地に踏み出した。テニアも続く。


 やや早足になって歩き出した二人の鼻に、ぷんと血臭ちくさい臭いがついた。


 入り切らなかったのか、ゴミ箱の脇に置かれているゴミ袋のように、死体が無造作に捨てられていたのである。


 チンピラ風の、若い男が五人。


 これをやった者は、袋小路の間に死体を投げ入れて隠すという事もしなかったようで、辺りは真っ赤になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る