サーカスゴリラは腑を好む

「うぇーひっでぇ……」


 ブラスコは嫌な顔をする。


 テニアは一番近くに転がる、壁に顎を向け、胸まで凭れ掛かっている死体に近付くと膝を着いた。足元のすぐ前まで広がっている、血の池を一瞥する。


「血が新鮮ですね」


 続けて池から死体へと、流れるように目線を変えながら呟いた。


「死んでまだ三十分程度と言った所でしょうか……。――ご主人。確認ですけれど、ここまでまだ銃声は聞こえていませんよね?」

「だな。ずっとここまで歩いて来たし」

「ですよね。ふうむ……」


 顎に手を当て、まじまじと死体を眺めていたテニアは、立ち上がると他の死体へ歩き出す。


 ブラスコは、壁に右半身を預けながら腕を組むと、慣れた調子で死体の観察を続けるテニアに尋ねた。


「何か気になる事でも?」


 いつもならぱっと見ただけで、どういう殺され方をしたか見抜ける目を持つ彼女である。

 まずエデンでの発砲は、四大組織でも簡単には看過されない。その辺のチンピラがしようものなら四大組織が飛んで来て、やがては目を付けられ、銃は首ごと取り上げられる。一応警察もいるので、当然罪にも問われるが。


 故にエデン内での殺しと言えば、撲殺か絞殺と決まっているようなものではあるものの、テニアはその傾向を踏まえた上で、撲殺なら得物は角材か鉄パイプか、どこをどのような勢いで殴られた故での死亡かと、解剖でもしたように見抜いてしまえる。彼女ら悪魔の性質により。


「いえ……」


 にもかかわらずこのような含みのある返事とは、一筋縄ではいかない何かが、絡んでいる死体という事だ。


「ねえご主人? この辺で、サーカスってやってました?」

「サーカスぅ?」


 懐から煙草を出したばかりだったブラスコは、急な言葉に目を丸くした。


「どしたいテニっちゃん。眠くなっちゃった? ……あぁ、そういやまだごはんあげてなかっ……」

「人間にやられたとは思えないんですよね」


 テニアは立ち上がりながら、ブラスコに向き直る。


 辺りを囲うように転がる五つの死体に、テニアはそれぞれ目をやりながら続けた。


「全員弾丸は撃ち込まれておりません。シンプルな暴力により至った死です。なんですけれどこれ……」


 テニアは、訝しんだ表情のまま言葉を切ると、足元にうつ伏せで倒れていた死体の腹と、地面の間に足を入れる。そのまま差し込んだ足で、仰向けになるよう転がした。


 仰向けになった死体に、テニアはブラスコを見たまま指を向ける。


「どんなゴリラに襲われたら、こんな仕上がりになるんでしょう?」


 他の四人と変わらない、チンピラ風の若い男だった。


 白人らしい。半開きになった口と目が、虚ろにブラスコへ開いている。


 白い肌が闇に浮いて、まずその間抜け面が目に飛び込んだブラスコだが、何がそう珍しいのかと注視しつつ、くわえた煙草に火を点けようとした手を止めた。


 喉が抉り取られている。


 まるで粘土でもすくい上げたような丸みのある切り口で、てらてらと肉の内部を晒していた。


「刃物じゃないんですよね、この切り口。誰かがこいつの喉を掴んで、そのまま拳を作ろうと手の平を握ったみたいな、指の跡らしいものがあります。その勢いに耐えられなくて、肉とか色々つられて持ってかれちゃった。みたいな」

「マージ?」


 目を疑い、その死体へ近付いてくるブラスコ。


「マージですよ。つか、どうなってんですかねこれ……。一人は背中を同じように抉られ、引っこ抜かれたみたいで背骨は歯抜け状態ですし、一人は片腕が肘から先無くなってるし……。まあ見て貰えば分かりますけれど、全員打撲の跡はあります。強烈な。だから、殴るか蹴るかされたんだろうなとは分かるんですよ。そのダメージを与えた個所を示す面積は、人間サイズですから。それも小振りの。ほら」


 テニアは軽く屈むと、隣で白人の死体を眺めるブラスコに、その死体のシャツを胸まで捲ってみせる。


 確かに鉄球でも打ち込まれたような、人の拳大の陥没痕が残っていた。


「あらあら」


 目を丸くするだけで、特にそれ以上の感情は示さないブラスコ。

 こんな商売なので、すぐに死体には慣れてしまえる。


「いや、ていうかテニっちゃんさあ……」


 火を点け損ねたままの煙草を、顎でくいっと上に向けると言った。


「この人、内臓どこ行ったの?」


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