02

「何ですかその質問」


 意味不明だと言いたげに、喧嘩腰に少女の声が響く。


「だから、別にそのままですけれど」


 テニアは変にぼそぼそと返した。


「気を遣ってます?」


 思わず身を乗り出す少女。


「何で私があなたなどに気を遣うんですか。違いますよ……」


 テニアは顔を見られたくないのか、あっちを向いた。


「きっしょ」

「ハァン!?」


 座り直しながら聞こえるように抑えた小声で罵られ、テニアは逸らしていた顔をぐりんと向ける。


 少女は続けた。


「自分がもっと悪魔然として、日頃からおじさんの血を飲んでおけば、私が左目を失う事も無かったし、それよりもっと早い段階で、事を終結出来ていたかもしれない。何故なら私は、悪魔の長と恐れられた時を操る大悪魔であり、この百年に及ぶペデリウス内戦のきっかけかつ、この一件の根源でもあるのだから。馬鹿ですか。あなた歴史に名を刻んでる罪人ですよ? そんな普通の悪魔のように振る舞って、不死身の魔法だと嘘もつかずに動いたら、また追い回される所か混乱の始まりです。銀の雨に打たれても力を振るわなかったあなたが、国の乱れを望む筈が無い。そもそも人と対立する事を望まない。だってあなたが恋した人は、この国を誰よりも愛していた人で、同時にあなたの事をきっと分かってくれると、民を信じていた人だから。……いちいち煩く私の身を案じていた理由が、あの劇場でやっと分かりましたよ。あなたって本当に、人が好きなお人好しなんですね。まあ確かに教科書見たらカッコいいですけれど。ディング」

「何でも口に出せばいいと思ってるなら大間違いですよこのガキが」

「自分の十分の一も無い人生閉じようとしてるガキに何ムキになってんです?」


 火花を散らす二人を黙って見ていたブラスコは、正直ここにいるのは辛いと思った。


 少女は前に向き直る。


「……余計なお世話です。死ぬのはとっくに分かってましたし、だからここまでやって来れましたから。死んだら全部食べていいよって、クロクスにも予め言っていますし」


 この一連の事件の中、クロクスが徐々に喋らなくなっていたのも、徐々に弱り、魔法を組めなくなっていく自分への証だった。

 同時に変わり者な事に、我が身を案じてくるようなクロクスの言葉を、聞かずに済むので楽ではあったが。

 もうあの一件以来、魔法は肝臓の機能を補うものを辛うじてとどめているだけであり、クロクスとは碌に口を利けていない。


 少女は軽く咳き込むと、少しぐったりして車椅子に凭れる。


「だから、いいです」


 今にも消えてしまいそうな声だった。

 そのまま目を伏せると、二度と起きる事など無いようで。


「確かに報いとは、受けなければならないものです」


 すっかり不機嫌になったテニアは、むすっとして言った。


「罪には罰を。労働には報酬を。そして、救済には感謝を。お人好しとはあなたも同じなのではないですか。竜刻りゅうこくの魔女」

「何がですか」


 疲れたのか、時間なのか。

 目を閉じた少女は、煩げに返す。


「あなたは我々を救いました。最初に会った時は、勢澄会の者と知りながら見逃し、次は居場所が分からない雪村様の所まで、連れて行ってくれました。例えそれが純粋な善意ではない、良心から来る迷いの結果であったとしても。なら我々はこの恩に、報いなければならない義務がある」

「そうですね」

「ああそうです。あなたは私とご主人の、命の恩人なのですから」


 怪訝そうに、少女の目が開いた。


 そんな大袈裟な事をしただろうか。


 教会から廃墟群、そこから劇場へ移動する際の勢澄会の襲撃から、テニアごとクロクスを三階へと呼び出した時を言っているのだろうか。

 然しそれでは、ブラスコが当てはまらない。彼は救われる所か、咄嗟に自分を抱えて、三階へと逃げている。


 とんだ馬鹿だと思ったものだった。自分がその行動に、思わずテニアも運んでいなければ、一体どうしていたのだろうと。思えばあの時から、妙な連帯感を感じていた。

 然し、あの劇場を締め括ったのは便利屋である。


 このお人好しは一体、何を言っているのか。


「私はなるべく、人を食べません」


 テニアは、アラベルの墓を見たまま続ける。

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