ボーナストラック

01


 勢澄会とガスパールファミリーの、二度目となる抗争。それは、両者の共倒れで終結した。

 竜刻の魔女。彼女が強請ゆすった、北区の情報屋。彼が彼女に襲われた腹癒はらいせに、勢澄会とガスパールファミリーの会合先、そして、裏で渦巻く勢澄会の陰謀の全てを、警察にリークしたのである。


 それは便利屋と少女が、アラベルの元へと車を走らせるのと同時だった。三人が病院に着くのを合図のように、北区と西区の警察は、両地区を支配するギャング達を一掃しようと、パトカーを放つ。

 両地区の境界付近にある教会。その近辺の住居群。そして、両組織の本拠地である屋敷と、ロンドゥーシュ劇場。

 この好機を逃すものかと、全精力を上げて捜査に乗り出した警官達は、見事に四大組織の内、二つの組織を壊滅に追い込む。


 街は連日そのニュースで持ち切りで、ラジオも新聞も、誰も彼も、皆その話しかしないぐらいになっていた。


「同じ話をネチネチネチネチ……。全く所詮メディアとは、真実を追う者ではなく、金になるネタの奴隷ですね」


 その話題が街をさらって、三週目に突入した今日だった。

 昼下がりの曇天のもと、足元に目線を下ろしたテニアは、うんざりと吐き捨てる。


「まァ真実ってのは必ずしも、お金になるとは限らないからねえ」


 隣のブラスコも目線を落とし、軽薄な笑みを返した。


 冬が近い。

 そろそろコートを出さなければと、誰しも思う程に風が冷たかった。


「……新聞だって、お上品なゴシップ誌です」

「ん。確かに見出しのセンスが、ゴシップと大差無い時がある」

「つかあんな話報じた所で、一体何が変わるのかって事なんですけどね」


 依然他の言葉を探すように、テニアは続けた。


「……警察の目が北と西に集まっているこの隙に、ユマークファミリーとコンカロッサファミリーが、水面下で活動を始めたと聞きました。抗争では無いでしょうが、北と西から流出した、武器の入手ルートやビジネスの吸収が目的かと」

西区うちの『トワイライト』のマダムはもう、ユマークのターニャ嬢と連携する約束を結んだそうだよ」

「ターニャって……」


 テニアの視線が、一瞬だけブラスコに持ち上がる。


「――ああ。あの女ギャング団の若きボス。やっぱり強かなのは、いつの世も女性ですか」

「ボディガード無しにやっていくには大変な商売だし、力関係が入れ替わるのも、アルヴァジーレにとっては季節みたいなものだしねえ。ドライに見えちゃう時もあると言うか、何と言うか」

「そういう街なんでしょう。例え移ろうものであったとしてもその誓いは、確かにほどける間際まで、鉄よりも固いです。永遠では無いだけで」

「ん、確かにその通り」

「つまりどこにでもある話という事ですが」

「そして今の内にマダムにご挨拶をしておけば、ターニャちゃんとお近付きになれるかもしれないという事でもある」

「そんな事は言ってません」

「これは今の内にトワイライトに、花束の一つでも送る準備をしなければならない」

「絶対に付き合いませんからね」

「静かに弔えないんですかあなた達は」


 ブラスコの胸辺りからした声に、二人は黙った。

 彼が押す車椅子に掛けていた竜刻の魔女は、膝の上に乗せていた花束を、利き手ではない左手で持つ。足りない距離を補おうと、投げるように足元へ渡した。

 花束は彼女らの足元にある、アラベル・ティムコアの墓へ何とか届く。


 アラベルの病室で泣き崩れた少女は、あの後倒れた。


 気を遣って、煙草を吸いに行って戻って来たブラスコ達が、しんとしているアラベルの病室を不審に思い確かめると、床にぐったりとしている彼女を見つけたらしい。

 らしいとは、倒れた本人にその時の記憶は無く、気付けばあの病院のベッドで寝かされていたからだ。


 治療の術が無いのは、誰よりも分かっている。


 内臓が欠けているなど、移植以外に方法が無い。然しあの雪村でさえ、走り回って間に合わなかったようなものだ。そう都合よく、病院にストックがある筈も無く。彼女も別に、望んでなどいなかった。


 きっとあの黒人の医師は、大層に驚いただろう。アラベルの為に抜き取られた肝臓の持ち主が、同じ病院にやって来て倒れるなど。そしてそれをアラベルに移植した自分が、今度はその所為で死にかかっている自分の面倒を見る羽目になったとは。ギャングの医師とは言え、相当に応えた筈だ。

 それをささやかな幸福だとか、報復だとか、ざまあみろだの、矢張り少女は思えなかった。


 アラベルは、彼女が治療室へ担ぎ込まれている間に容体が急変し、二度と戻って来なかった。


 幼い頃から病気がちだった為、通う金はあったがまともに学校には行けておらず、葬儀には誰も来ていない。


「こんなに簡単に人に同情出来る神経を養ってくれた両親に、感謝しないといけないのかもしれません」


 首から三角巾で右腕を下げ、左目に眼帯をした少女は言う。

 無理にクロクスに代価を払った影響で、血を失い過ぎたのか、それとも腹にかけた己の魔法に身体が耐えられなくなったのか、神経は生きているのにかかわらず、右腕は動かなくなっていた。


「この人の方が私にとっては、私よりよっぽど気の毒です」


 声に生気が無いのも、顔に表情が無いのも、自身のり切れ具合とは、全くの無関係だった。


 分かっていた事である。自分が長くない事は。

 ただそれより、アラベルがいなくなってしまった事が、そんな事よりよっぽど虚しい。


「……それが汚い方法で手に入れた君の肝臓だったとは、旦那は言わなかったんだって。アラベルちゃんに。言ったらきっと、絶対に治療を拒否しただろうから。あの先生が言ってたけれど」


 ブラスコは言った。


「そうですか」


 今までのどの時よりも、その返事は素っ気無い。


「……もし」


 居心地悪そうに黙っていたテニアは、まだ見つからない中言葉を紡ぐ。


 目線はまだ、アラベルの墓のままだった。


「もし、まだアラベルさんと、口を利ける内に出会っていたら、どうしてました?」

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