「……だから嫌いって言ってるじゃないですか。声の高い女」
「何でやめろって言ったのに動いたんですかねこの馬鹿は」
ブラスコが運転する車の後部座席で、足も腕も組んだテニアは吐き捨てた。
その横に座る少女は、頬杖をついて窓の外を眺めながら打ち返す。
「はあ。すみません。まさか心を読むとかキモい事をされているとは思いもよらず、老婆の妄言だろうと無視してしまいました」
「だァれが老婆ですかこのガキがァ!!」
怒りの余り目が血走ったテニアの声で、車内の緊迫し続けていた空気が弾けた。
急に煩いし気が
「この悪魔の長と恐れられ、あの絶世の美貌と世の女性達を虜にしたディングス王子が見初めたこ・の・私を・
「確かに『老婆』って、考えてみたら前後の文字で意味が重なったような言葉ですよね。老いたババアって。ババアは既に老いており、今更老いという言葉を付けなくともババアとは、誰の目にも老いていると分かる姿をしているのに。わざわざ老いという意味を重ねる程に歳を重ねた、ババアの中のババアという事なのでしょうか。年齢で言うともう八十五歳以上とか。ねっ? 耳無しババア」
「左はありますし
「体力無いのに気持ちだけは若い頃のままにはしゃいで、後で吐きそうになってる中年みたいな事になってましたけどね。劇場では」
「だっからその分は死体食って回復してたでしょう!? 魔力が足りてさえいれば、あなたの時間も止めてやるべきでしたねこの
「法の無い魔法使いには、相応しい罰でしょう」
「はーいもう着いたから喧嘩しない……」
テニアがつい黙った瞬間、疲れを滲ませたブラスコは言うと停車した。
女性同士の喧嘩を聞くのは苦手なのである。
グレブの言われた通りに、西区エデンの六番街に到着する。車を降りた先には、赤煉瓦で建てられた厳めしい病院があった。
確か、西区で最も大きい病院であったと便利屋は思い出す。もう真夜中だが、 窓から明かりが点いているのが窺えた。
テニアは入り口の前まで来ると、右手に立つブラスコに尋ねる。
「知り合いとかいます? いきなり行っても見つかるかどうか」
ブラスコは難しい顔をした。
「どうだろ。この辺りは依頼を受けた事があるお客さんも少ないし……。まあ
「はぐらかすなら脅せばいいでしょう」
ブラスコを挟んだ先に立つ少女は言うと歩き出し、入り口のドアを開けた。
「……東洋人って野蛮なんですかねー」
「まあまあ」
少女を追うように、便利屋も続く。
というかまた簡単に開いたが、流石にこんな時間に面会や治療は受け付けていないだろう。そう思ったブラスコに、何やら受け付け辺りで、女性看護師と言い合っていた男性医師は気付くと、慌てて駆け寄って来た。
「ああ、勢澄会の方ですね!?」
丁度横に並んだ三人は、入り口を潜った途端目を丸くする。
「お待ちしておりました。何度ボスの方へお電話したのですが繋がらず……!」
医師は六十代ぐらいの黒人だった。中年太りでやや丸くなった身体と、気の弱そうな顔付きが温厚な性格を思わせる。スキンヘッドに口の周りをしっかり覆った黒髭が、童話に出て来る優しい熊のようだった。
然し何度見ても、ブラスコはこの医師が誰なのか思い出せない。
そして何故、自分を見て勢澄会の者と分かったのか。
――
ブラスコは頭の隅で考えながら、へらへらと笑みを浮かべる。
「いやーどうもすいません遅れちゃいましてえ! ちょーっとボスは今立て込んでまして、代わりに僕達がやって来ましたァ。それですいません、少し訊きたい事があるんですけれど、この前うちが提供した、東洋人の少女の肝臓についての件なんですが……」
「はい! ボスの娘の、アラベル様の事ですね! 先程漸く容体が安定されました、すぐにご確認下さい……!」
少女の顔が緊張に引き攣ると、医師は大股で廊下を歩き出した。
続くブラスコに、テニアと少女も後を追う。
ブラスコはまだへらへらと動揺を隠しているが、後ろのテニアは慎重に口を開いた。
「……すみません先生。我々はただ遣わされただけであり、ボスの身内にはまだそこまで詳しくはないのです。差し支えない程度で構いませんので、アラベル様について教えて頂けないでしょうか?」
「ご安心下さい。近々大きな戦いがあると、ボスから聞いております。もし自分や側近の代わりの方が現れた際には、きちんと事情を話すようにとも言われておりますので。――ボスは身内について、組織の中でも殆ど話されていないとか……。ご多忙の中、昨日も昼間に訪問されてはいたのですが……」
ギャングは商売禁止と言われているエデン内でも、裏ではボスと慕われる程に勢力を拡大していたのか。
内心呆れるテニアに、医師は続ける。
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