『■■の悪魔』 ■■テニア・■■・ダン■■■テス
「その
「馬鹿を言うんじゃねえ」
額から顎へ汗が滑るのを、雪村は感じた。
その動揺は張り詰めた空気を伝い、組員達へ伝染する。
「真実だ? 下らねえ。もしその大悪魔が生きていて、かつ見つかったって言うんなら、国が黙ってる筈が無えだろう」
「内戦で大混乱だったのに? いやー無理じゃないのかなァ。仮に見つかっていたとしても。お国がビビッて悪魔の長って呼ぶようにしてたから、誰もその悪魔の本当の名前知らないし、本人と会ってても分かんないっしょ。つかそもそも死んだ事になってるし」
「お前は不死身の魔法使いで、そいつは永劫の悪魔だ。時間を操る魔法なんて持ってねえ。この期に及んでハッタリなら、いい加減に――」
「それも、使う魔法に基づいた
左手を下ろしたテニアは言った。
背中に垂れた髪が、顔の両側を僅かに見せる。
片方だけ覗く耳が、アンバランスに彼女を見せた。
「まあ確かに不死身と言えば、死なない能力と解釈される魔法ですが。死亡原因だけを取り除いた肉体に、何度でも『蘇る』。然し
……今、そこにいるのは何だ。
雪村は己に問う。
自分は今、一体何と話している。
その正体を知ぬまま、一体何を敵に回した?
……終わると言うのか。
ここで、追い求め続けた栄光が。
「お前は、人間を食べない変わり者だ」
脳裏を駆けて行く言葉達を、掻き消すように雪村は言う。
それでもその声には、あの押し潰すような圧が宿り続けていた。
動じるものか。この程度で。
一体これまで、何度修羅場を
ギャングになってからではない。生まれた時から今日までだ。
高が化け物一匹に、今更恐怖など誰がしよう。弱者となったその時から、消えて行くのがこの世界なのだ。
思い描いた未来は、確かに近付き始めている。
ここからなのだ。
今この瞬間こそを、出発と思え。
勢澄会の長として、四大組織としてでもない。
一人の野望に燃える男として、今この時を噛み締めろ。
「悪魔の餌は人間だ。魔力の元も人間だ。人間ごっこが好きでブランチ食ってるような化け物に――。さて、どれだけの力がある?」
消していなかった吸殻を、ゆっくりと踏み付ける。
泰然と、足を組み替える。
未知の魔法が飛んで来るかもしれないこの中で、愚かとも言えるその豪胆。それは確かに、組員達を奮わせた。
漂い始めていた迷いが消える。
銃を構える腕に熱が籠る。
我々のボスは、北区の王だ。その手腕で、トニス・ダウアを潰し、ガスパールファミリーの包囲網も突破してみせた
その男の命令を受ける我々が、何故勝利以外を信じよう。
「……流石だぜ」
ブラスコは笑った。
今や空気は、組員の闘志で熱を帯びそうになっている。
少しでも気を抜けば、こちらの戦意を食い尽くされてしまう気分になる。
その光景に、つい過去へと思いを馳せる。共に駆けていたあの頃を。
だから彼といれば日々はあんなにも輝いて、成功を信じてやまなかったのだと。
雪村は言う。
「……何か、言っておきたい事はあるか?」
未知の武器を翳し、反抗の意志を示した以上、もう竜刻の魔女である少女が、盾にも脅しにもならないのはお互いに分かっていた。
それでもブラスコは、子供のようににかっと笑う。
「そうだなァ。じゃあ、一つだけ」
それと同時に、テニアは素早く背中へ手を回した。腰辺りに差し込んでいたトカレフを、右へ投げる。
勢澄会の襲撃から逃げる際だ。
屋上で少女とブラスコが口論している間に、クロクスが吐き出したものを一丁隠し持っていた。
トカレフは少女の鼻先を通り過ぎ、伸ばしたブラスコの手に収まる。
合図はもう要らなかった。
テニアがトカレフを露わにした瞬間、五百のAKが舞台を襲う。ブラスコがトカレフを構えるより速く、その銀の雨が届くのは明白だった。
悪魔で脅しをかけておきながら銃を取ったのだ。魔法に期待出来ないからだろう。そんな事を考える程、気の緩んだ組員はいなかった。ただ雪村の意のままに、銃を撃つ駒となる。
その為だけに研ぎ澄まされた精神は、一秒の狂いも無い一斉射撃を実現させ、隙の無い弾幕を生み出した。
何を隠し持っていようとも、全ての戦力を最高の状態で使うまで。我々に許されるのはそれだけで、勝利を得る術もそれだけだ。
ボスの安全が脅かされた今、未来を憂う暇など無い。
ただこの今を、確かに最高値で駆け抜ける。
男達の一念を纏った凶弾が、ブラスコ達の眼前に迫った。
尤もその瞬間を目に追えたのは、この場でたった一人の怪物。
確かに雪村の言う通り、欠乏状態でやれる事など高が知れている彼女は、ブラスコの身体能力を強化する魔法を解いていた。
そんな事にまで割いていられる魔力は、惨めに弱り果ててしまった今の彼女には微塵も無い。当然ブラスコの血を飲んでいる暇さえも。
ただそれでも、十分であった。そのなけなしの魔力さえ回してしまえばこのぐらい、逆境でも何でも無いと。
高が弾丸程度の小さな物体の時間など、何度でも操ってみせる。
そう言い聞かせ、全力で振るった。
「――ただあなたとの誓いを破り、こんな男を守る為に生きる時をお許し下さい」
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