クライマックスはここからだ


「俺は愚か者でいたんだ。折角あの内戦から生き残ったんだ、真面目にやるなんてもう懲り懲りだけれど、でも自分が決めた筋だけには、正直でいたいんだよ。際限の無い人生だとしてもな。でないとそんなの、楽しくねえ。俺が俺をやる事に、退屈を感じちゃいけねえ。人生とは全て、その為にある時だ」


 策を練っているのではない。

 少女は分かっていた。


 何とか時間を稼ぎ、突破口を見つけ出す事は出来ないか。そうした内に秘める焦りらしきものが、まるでブラスコから感じない。


 なら、自分が代わりに動くか。


 いや無理だ。もうこれ以上、血を渡す事は出来ない。今も腕から零れる端から、クロクスが舐め取っているのが足元を見れば分かる。落ちた筈の血が、床から綺麗に消えているのだ。寧ろ足りていない状況である。

 仮に割り切ってブラスコを食わせようとしても、指一本でも妙な動きをする素振りを見せれば、五百のAKアーカーに貫かれるのが先だろう。

 テニアに目を向けてみても、じっと客席を見ているだけで抵抗の意志が無い。いやそもそもこの状況で反撃など、彼女が最初に放棄する思考だ。

 彼女は永劫の悪魔 。持つ魔法は不死。然し銀を受ければ、その不死性も殺されてしまう。これがいかにも魔法らしい、火を操るだ水を操るならまだ何かあったかもしれないが、死なないだけの魔法など、この場では最も役に立たない。


 万事休すか。


 それとも便利屋に寝返られ、あの忌々しい老害に売り渡されるか。


 ならば最期に、暴れてみせるか。


「――馬鹿な事はしないで下さい」


 聞き逃しそうな程の小さな声で、テニアは早口で少女に告げる。


 いや、少女がそう解釈しただけだった。


 実際隣にいるテニアは座席を見ているままだったし、少女の方へ一瞥をくれた訳でも無い。その独り言のような小さな呟きは、雪村達へ向けた思いが漏れただけかもしれなかった。


 それにしてはまたまるで、こちらの思考を見透かしたような言葉を。

 見事に自暴自棄染みた思考を遮られた少女は、奇妙さを胸にテニアを見るとふと気付く。

 じっと座席を見ているその横顔は、確かに反撃を考えているような様子は見えないが、恐怖や焦りすらも感じないと。


 死か、降伏を受け入れたのか。いやならば、何故今のような言葉が漏れる?


 一瞬鬱陶しげに、テニアの視線が少女へ流れた。


 聞いているのかと言いたげに。


「……そうかい」


 雪村の右手が、もう一度上がろうとした。


「――ここ、アルヴァジーレも収まるペデリウス王国。凡そ四十年前に終結した内戦のきっかけは、ある派閥による、国家転覆を狙った一つの弾丸だった」


 それを遮るように、突然ブラスコは話し出す。

 まるで役者のような、観客全てに届けようとでもしている大きな声で。


「然し全く関係の無い所で、既に運命の歯車は狂っていたのさ。未来の国王と期待されていた王子が、時を支配する力を持つおお悪魔との、不遇な恋に落ちちまったその時から。その大悪魔は国を滅ぼそうと現れた、『悪魔のおさ』と恐れられた。国は退治しようと軍を動かし、悪魔払い達に何か策は無いかと、浴びる程の金を撒きながらおののいた。勿論民も大慌てさ。大悪魔は己の潔白と、王子への愛を証明しようと、万の銀の弾丸を食らおうと、決して魔法を使わず訴え続けたものの――。蜂の巣となって殺された。愛する者を失い、悲しみ暮れていた王子を、転覆を狙うその派閥……。テロリストが暗殺したのさ。これが百年続く、ペデリウス内戦の始まりだ」


 思わず雪村は、合図を中断すると冷笑した。


「……何だ。戦争が無けりゃやりたかった事ってのは、俳優だったのか? そんなこの国の奴なら誰でも知ってる昔話、ここで話して何になる」

「まァここが最後になるんなら、折角だし付き合ってくれよ。――然し旦那。その死んだって大悪魔、一万発も銀を浴びるまで死ななかったんだろ? そんなしぶとい奴、本当に死んだのか?」

「何を馬鹿な事言ってんだ。そいつの死と、確かに存在していたという証に、その大悪魔の死体から切り取った右耳が、国の博物館に展示されてるだろうが。歴史の教科書にも載ってたろ」

「なァんで右耳だけなんだろ? 折角仕留めたならホルマリン漬けとか、骨格標本でもよかったんじゃ?」

「悪魔払いが研究だっつって、どこかに死体を持って行ったんじゃねえか。悪魔は銀に弱いって分かったのもその戦いの際、奴らの研究による発見だろ。つかそんなもん知るかボケ」

「つまりそこは誰も知らないんだよなァ。なーんでその大悪魔は死体のそのものではなく……」


 ブラスコが、大袈裟な手ぶりで示した先。

 テニアは右肩に流している髪に、うなじから左手を回した。

 えらうなじのラインを剥き出しにするように、後ろへ髪を掻き上げる。


「――右耳しか展示されていないのか」


 そこに、共に露わになる筈の右耳は、無かった。

 ただ、刃物で傷付けられたような痛々しい痕が広がり、耳の穴を示す空洞だけが、ぽつんと顔の横にある。


「この始まりの物語は偽物で、真実には続きがある」


 ブラスコは続ける。

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