青春と鉄の雨

「時代の最先端を行くのは、悪のさがであり宿命だ。ミイラ取りが学者より早く世の神秘と対面しているように、ギャングとは常に世の欲望を求めてる。この世の人間達は今、何が一番欲しいのか。土地か。胡椒か。オーケー。冒険者とでも名乗って略奪しよう。力の前では正義なんてがらんどうだ。良心も欲の前ではだんまりだ。どうしても内臓が欲しいって言うんなら、望みのままに用意しよう。生きる為なら何でもする……。この欲は、本能に忠実で本当に助かる。金だ地位だの見栄に比べりゃ、どこまでも深く底が無い。飽きる事も、満ち足りる事もえ。死とは生物に付き纏う永遠のテーマであり、生まれた瞬間から背負わされる十字架だ。押し潰されると決まっていながら、それでもその間際まで足掻いてみせる……。つまりそこに付け込むとは、果ての無え金脈を得るのと同じなんだよ。金は、幾らあってもいいだろう?」


 ブラスコは笑う。


「確かに俺もお金大好き。なら、ガスパールファミリーにちょっかいかけたのは?」

「潰す為だよブラスコ」


 雪村は足を組み直しながら、煙草の灰を足元に落とした。


「俺は四大・・組織なんて括られるような位置で、潰えていくつもりなんて無いんでね。いつか前人未到の一強組織となって、このアルヴァジーレの頂に立つ。ガスパールファミリーの壊滅はその手始めで、臓器売買は活動資金を蓄える為の新たなビジネスだ。思わぬアクシデントはあったが、手応えは十分に感じてる。技術の進歩に万々歳だぜ」


 今度はテニアが尋ねる。


「なら会合での、ガスパールファミリーの暴走は?」

「会合の前に、北区の情報屋にガスパールファミリーへリークさせたのさ。トニス・ダウアは勢澄会が連れて来たドブネズミで、臓器売買のデマも俺達がやったとよ。無論そのリークも勢澄会からのものだとは伏せ、極秘ルートで手に入れたネタって事にしてな。北区でも信用のある情報屋だったからな……。我が儘聞いて貰うのに、高い金を積んだもんだぜ」

「大金を前に誇りを捨てましたか。まあガセを流す情報屋とは、その方の商人生命はお終いですね」

「まァ金に関しては、お嬢ちゃんが強請ゆすってボコった際の治療費になったから無駄じゃあねえさ。会合があるのを知ってたのも、そいつからぶん獲ったネタだろう?」


 雪村は言いながら、視線をテニアから少女へ流した。

 少女は答えないが、驚きに目を見開いている。


 その表情に微笑みながら、雪村は続けた。


「……何年も前から囁かれていた、麻薬の密売が起きた時点で、北区は徐々に崩れてたのさ。元はそこで暴れ回った身分だ。隙を突いて潜り込むなんざお手の物。お嬢ちゃんの動向は、ある程度は把握させて貰ってたぜ。 その行動範囲から情報を得ようとするなら、どこの情報屋にガスパールファミリーへのリークを頼めば釣れるかもしれねえってよ。……謎の魔法使いに狙われ、裏では壊滅を企んでいる勢澄会との会合……。ガスパールファミリーも最初から、隙を見ては先にこっちを潰す気だったのさ。そこに狙ったように、お嬢ちゃんの登場さ。痺れたぜ。何もかもが思い通りに運ぶ。唯一の予想外はブラスコ……。お前だったが」

「俺ぇ?」


 まるで見当が付かないと、ブラスコは肩を竦めた。


「あァ、お前だ」


 まだ僅かに残る煙草を、雪村は足元に落とすと踏み付ける。


「……とは言っても、お前は本当によくやってくれた。今は属していない身分に拘わらず、昔のように身を挺し、お嬢ちゃんから俺を守ろうとしてくれたんだからよ。裏で策略が張り巡らされた、何も知らない中でもだ。嬉しかったぜ。誇りに思い、昔を思い出した……。お前が右腕だった頃を」


 ゆったりと掛け直した雪村は、天井を仰いで過去に馳せる。


「内戦が終わって間の無い、どこも貧乏できたねえ、がらんどうだった町の中……。兵役が終わって帰ってみれば、家も家族も、仲間もみんなオダブツだ。……悪魔に憑かれた王国軍だ、国家転覆を狙うテロリストだ、死にたくねえ金持ちが雇った民間軍だ、知った事じゃねえ戦いにあっと言う間に巻き込まれた。お国の為だ、生きる為だとか言ってよ。……どいつもこいつも馬鹿みてえに集められて群がって、国かテロリストか、金持ちの犬になって戦った。十五歳からの徴兵を終え、二十七歳になって戻って来た俺には、もうなんにも無かったよ。内戦とやらは俺の全てを奪い、青春すらもさらって行った。仕事なんてありゃしねえ。どこに行っても、あるのは地面と、死体とゴミと。誰も彼も死んでねえだけの、ぼさっとした面ばかり。何が百年に渡る聖戦の終止符だ……。どいつもこいつも疲弊して、共倒れになったの間違いさ。……このまま今度は、国家再建の為にあくせく働くのか? マイナスをゼロに戻す為の作業を、この先何年も繰り返して、やっといつかの平穏を取り戻すのか? そいつは偽物で、いつかそこにいた愛する者達はいないのに? ふざけんじゃねえ――。そう、思ったさ。そんなちんたらしてちゃあ、とても間に合わねえし追い付かねえ。そもそも無理な話なんだ。過去を取り戻すなんてよ。 俺がお国の為だと高らかに媚びを売り、 鉄の雨が降り注ぐ戦場を駆けた本当の理由は、本当に守ろうとした者達は、もう、どっかの地面の下なんだ。まともに生きてちゃあ、いられないと思った。俺はもう、世間のルール通り戦った。だからもううんざりだ。今度は俺の望んだやり方で、俺が望んだような場所で生きてみせる。誰の指図だ、ルールだ知らねえ。そんなもんに乗っかってるから奴らは死んだ。奴らの分までのし上がらねえと、徴兵を恐れて逃げ出した挙句、テロリスト共に家族諸共殺された惨めな男共と変わらねえんだ。……そうやってお前と、この組を立ち上げたんだよな。ブラスコ」


 誰も、何も言わない。

 ただ雪村と、ブラスコを見ている。

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