白に沈む
轟音と、粉塵に揺れる闇の中。
テニアの背後では、登って来ようとしていた組員達を、ブラスコが始末していた。
下界を鬼のような顔で睨んでいた少女が、テニアの声に一瞥する。
「若い連中しかいません。それも入って日の浅いだろう、チンピラ紛いの場数を踏んでいない。これだけやれているのに、幹部クラスは一向に出て来ませんし」
少女はすぐにその真意を理解すると、短い言葉で返してみせた。
「罠って事ですか」
賢いな。
テニアは思いながら応じる。
「恐らく、あなたの疲弊を狙ったものかと」
この蹂躙は、少女の魔法があってこそだ。テニアの魔法には、少女までの火力は無い。仮に彼女がここでへばってしまえば、形勢は容易にひっくり返させれてしまう。もしグレブなど、幹部級の組員が潜んでいたとすれば、現れるのはその時だ。
然しここまで圧倒されてしまえば、少女が疲弊する前に全滅の可能性もある。それでも大した戦力が現れていないとは、矢張り、そもそもここにはいないのか。
どちらにしてもこんな場所に、雪村はいないだろう。真実を知るには、雪村と対峙する事が必要だ。
「だから、君の力が必要なんだ」
クロクスの暴虐に人員を割かれ、激減した地上からの追っ手を片付けたブラスコは、粉塵を掻き分けると少女に歩み寄る。
「勢澄会……って言って分かるかな。さっきのおじいさんが率いるこのギャング達は、君を渡すよう俺達に命じて来てる」
青白い顔の少女は、汗を滲ませながら不敵に笑った。
「……教会での恩は、今返した所だと思いますけれど」
「まあね。かなり助かったよ。肩には穴空いちゃったけれど」
かなり息が上がっている。
ブラスコは、少女の限界が近いと見抜いた事を悟られないよう肩を竦めると、ついでに右肩に入ったままだった弾を、摘まんで引き抜く。異物を出されると、テニアの魔法が動き出した。
血が止まり、傷が治っていく様を、少女はじっと見る。
「雪村様が今どこにいるのかは分かりません。でもあなたの魔法なら、この場を安全に切り抜けられる上、移動も出来ます。我々では幾ら不死の魔法を以てしても、生き返る度に頭を撃ち続けられれば、身動きが取れなくなって終わりです。あなたの力を貸して下さい」
懇願するテニアに、ブラスコも続いた。
「ああ。それに、君が幾ら強い魔女でも、そんな身体で闇雲に探し回るなんて無茶だ。俺達なら多少なりとも当てがある。頼むよ。俺達、君を助けたいん」
「馴れ合いなんてお断りです」
二人の言葉を浴びている間に、額に手を当て、俯いていた少女は吐き捨てる。
死と暴力、破壊で熱を帯びていた辺りの空気が、刺すような声に冷たくなった。
下界では依然、三人がいる住居を守るように、大蛇となったクロクスが組員を攻撃している。その様々な音が飛び交い、潰し合って響く中、それでも少女の声は鋭く響いた。
何も認めず、何も許さないとでも言うように。
「……多少なりとも当てがある? ――馬鹿馬鹿しい。ここはあの、ガスパールとか言うギャングの縄張りでしょう? 昼間にここの情報屋とやらに聞きましたよ……。金なんてありゃしないんで
一刻を争う状況とは分かっているが、便利屋は黙ってしまう。
彼女の人生を知ってしまった以上、頑迷と言っても過言無いその疑念に、簡単に言葉は吐けない。
魔女という現在を生み出した過去に苛まれているのか、少女は額を押さえたまま続ける。
「何が助けたいですか……。ヤクザ者の分際で。私の事なんか何にも知らないで。こんなのどう見ても、いかれたガキでしょう……。どうせ助けた所で死ぬのは同じなのに、何の得が、ある訳でも無いのに。馬鹿みたいに人の力になりたいだ何たらだ……」
さんざ存在感を放っていた、あの凄まじい破壊音が突然消えた。
クロクスが止まった。便利屋はすぐに気付く。
少女の時間切れが来たのだろうかと。
夜とは闇。つまり、大凡が影となる。入れ替わるように三人の上空の闇から現れたクロクスは、あの七十センチぐらいの大蜥蜴となり、少女の目の前にべたんと着地した。
「――なのに何でそうあなた達は……死んだ親に似るんでしょう?」
皮肉な微笑を浮かべた少女は、前へだらりと右腕を持ち上げる。
その微笑みに、時間が止まったようだった。
何故だか言葉を失う便利屋達の目の前で、クロクスの姿が滲む。大蜥蜴から
形を
相棒の形を留めるのもままならない。それは少女の疲労と、これから放つ魔法の代償、その強大さを表す。
尤も彼女を知らない便利屋に、それを知る由は無い。
ただそれでも彼らは、見合うものを提示出来る可能性を秘めている。代価を払い続ける覚悟と、魔法を組むセンスさえあれば、全てを意のままにも出来るような馬鹿げた力を。
例えその先に、呪いという名に相応しい、約束された破滅があろうとも。
不吉かつ甘美。
寄生虫とは
こんなもの、どの同族よりも悪魔らしい。
払うものさえ払えば、何だって叶えてくれるのだから。
このおぞましい唯一の家族に、少女は最大の敬意と感謝を捧げる。
同時にこの、憎悪に任せた残忍な自殺行為も、
翳した右腕が、無数に裂けると血を噴き出す。
宙に舞う血の飛沫、その全てを食らいながら、クロクスは魔力を差し出す。それが献血だというのなら、優に超過しているだろう。
何故こんな大博打を、自分は打とうとしているのか。少女はよく分からなくなっていた。
死なば諸共。などではないが。
単に今の自分一人では、銀を持つギャングには敵わないと判断したのだろう。
そういう事にしておいて、魔女は小さく
「……地獄へ道連れです」
便利屋を
底の見えない穴を覗いたような、得体の知れない恐怖が身を走り、足元から突き上げるような衝撃が飛んで来る。
先程クロクスがやったように、宙に打ち上げられたのか。
いや、上がったのではなく、落ちたのか。今もまさに。地面という感覚が消え去った空間は矢張り黒で、それを便利屋が認識した瞬間、黒は真白に弾け飛ぶ。
重力が帰って来た。辺りに眩しさと、眼下に硬そうな茶色が広がり、便利屋は姿勢を整えると着地する。
足元は、磨き上げられた木製の床。辺りは、がらんとした空間が広がっている。後ろに目をやると壁、天井には強烈な照明が並び、眩しさに目を背けた。前を見ると、赤。
こちらを向いた
ここは劇場で、今自分達がいるのは舞台の上か。
便利屋がこの場を理解するのと、竜刻の魔女こと少女が、二人の後ろに現れるのは同時だった。床と天井の真ん中辺りの空間から、
便利屋でも見覚えの無い場所に、魔法で移動してみせたと言うのか。それもほんの一瞬で。
その代償の大きさを表すように、右腕に傷を負い、もうポーカーフェイスを繕えなくなったのか、肩で息をする少女に、二人は尋ねようとした。
「待ってたぜぇブラスコ」
その声を、あの男が遮る。
雪村アベラルドは、客席の真ん中辺りの列、舞台から見て右端の席に、足を組むとゆったりと掛けていた。
その隣には床に立つグレブが、 両手を後ろに回し、穏やかな笑みを浮かべている。ただその笑顔は薄暗い客席の所為か、貼り付けたようで不気味に見えた。
「まあまずは、話でもしようじゃねえか」
雪村は懐から、煙草を取り出すと不敵に笑う。
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