魔法と弾丸の饗宴へ

 電気が通っていた事に少女も驚いたが、何故誰も住んでいない家の電話が鳴るのか。

 三人は顔を見合わせると、早足で一階に向かう。


 階段を下ると赤くなった床に、クロクスがぺたりとくつろいでいた。

 血の量から置かれていた死体は二つ三つではないとテニアは気付くが、それにしてもよく食べるものだと呆れる。


 確かに全長が三メートルぐらいまで大きくなっており、身体もがっしりして太くなっていた。ぴっちりと張り詰めた腹が生々しい。肉食恐竜のような大きな顎で、骨ごと噛み砕いて食べたらしく、妙に綺麗に片付いた床が不気味だった。チロチロとしきりに舌を出しているその様は、羽の無い竜のようである。


 感情の見えない目が合い、慌てて逸らした。テニアは爬虫類が苦手なのだ。


 壁に取り付けられた電話を前に、ブラスコと少女は逡巡した目を互いに交わすが、少女が受話器を取った。


「そこにいるのは分かっていますよ。便利屋さん」


 穏やかでありながら油断のならない、若い男の声。

 まずは相手の出方を窺おうと、だんまりを決め込もうとした少女に、不意を突くようにグレブの声が飛び込んだ。


 隣で聞き耳を立てていたブラスコは、想定していたのか落ち着いている。


「どうしてここが、なんて、在り来たりな説明は必要ですか? そちらはあの教会から、そこまで離れていないでしょう? つまりそこは、かつての抗争時、勢澄会が駆け回ったエリアという事になります。僕は当時について詳しくは知りませんが……。組には当時の抗争の為に調べた、北区西区の地理について、しっかりと記録が残っていますから」

「お前……」


 その声を聞いた瞬間、少女の顔色は変わっていた。


 有り得ないとは分かっている。

 ならば偶然? 他人の空似?


 混乱が湧き上がる殺意を越え、少女の思考を乱れさせた。


 グレブは全く動じず応じる。


「おやこれはとんだ勘違いを。こんばんは。『竜刻りゅうこくの魔女』」


 ブラスコは少女から受話器を取ると、壁に凭れながら笑みを浮かべた。


「もっしー! グレちゃーん?」

「ああブラスコさん。お疲れ様です」

「ハッハァお陰様で。いやいや、さっきは急な事だからびっくりしたよ。旦那と話がしたいんだけれど、今何してるかな?」

「雪村様は今立て込んでおりまして。然し、すぐにでも皆さんと会いたいそうです」

「それまた何の御用で?」

「さっきの依頼について気が乗らないのなら、竜刻りゅうこくの魔女を渡して欲しいと」

「竜刻の魔女。ふうん? ちょっと聞いた事無い名前だなあ……」


 ブラスコは、笑顔のまま足を組む。


「まだ依頼の詳しい内容を聞いてないからねえ。教えてくれると嬉しいんだけれど」

「いえいえ。煩わしいと感じるのなら、そう無理に引き受けて下さらなくとも構いません。こちらから彼女を迎えに上がりますので、そこで待って下されば」

「おや。それは旦那から、言うなって言われてるって事?」

「雪村様が心配されていますよ。昔のあなたと、違ってきてはいないか」

「俺はいつも旦那を最高だと思ってるさ。死んで組を抜けてからもね」


 言葉の裏で圧をかけ合う。


「ならどうか、妙な真似はやめて下さいね。我々はあなた方の居所を把握しています。幾ら不死とは言えど、 銀の前では非力な存在となってしまう事も。直にお迎えに上がりますので、お話ならその時にしま」

「レディを追い回すのは賛同しねえっつってんだろクソが」


 ブラスコが不敵な笑みで吐き捨てた瞬間、正面のドアが蹴破られる。


 飛び出して来たのはAK47アーカーヨンナナを抱えた、勢澄会の二十歳そこそこの組員が四人。


 最も速く反応したブラスコは、少女を庇うように抱え上げた。AKが火を噴き、足元が爆ぜる中、階段を駆け上がる。


 少女はぎょっとしてブラスコを見上げた。


「ちょおおじさ……!?」

「お兄さんだし、今気にする所じゃないんじゃない!?」


 少女はブラスコの返事と、発砲音に紛れる怒号に我に返ると、もどかしい表情を浮かべながらも前へ叫ぶ。


「――クロちゃん!」

「急に引きずり込むのやめて貰えません!?」


 三階に着くと同時に、天井の中央辺りの空間から、クロクスとテニアが現れると落っこちた。

 床に腹を向けていたクロクスはどしりと着地するが、背を向けていたテニアはコンクリートの床に強打する。


「んごぁ!?」


 少女が影の中を移動する魔法を使ったのだ。咄嗟にテニアも飲み込んでおり、難を逃れる。

 本来は二人の影の間だけを自由に移動する魔法だが、今は夜。世界は大凡が日の当たらない闇――つまり影に覆われているので、少女の影と世界の影は、ほぼ切れ目無く繋がっている状態だ。故に影の間を移動する魔法の有効範囲も、格段に上がっており、今なら互いを目印として、その周辺の空間へも移動出来る。

 テニアが意表を突かれ無様な着地となったのも、彼女の想像を超える、余りに強力な魔法故だった。


 一階からの銃声が止み、足音はすぐに階段を上がって来る。

 ブラスコは少女を下ろすと階段を走って下り、三階と二階の間で組員達と鉢合わせる。

 一列縦隊になっていた先頭が銃を構えるより速くその懐に潜り込み、バックチョークを掛けながら残りの組員へ向き直った。既にブラスコへ放たれていた弾丸は、先頭を担っていた組員によって阻まれる。

 ブラスコは盾となって死んだ先頭の組員を放しつつ、AKを奪いながら前方へ蹴りを放った。よろめいた組員は階段を転げ落ち、その隙に、奪われたAKが吠える。

 階段を落ちる組員達は無抵抗に死体と化し、ブラスコは装填されている弾を確かめると、撃ったAKを投げ捨て、三階へ引き返した。

 その慣れた無駄の無い動きは、単に魔法を貸し与えられただけの人間ではなく、戦場を知る兵士そのもの。


 戻って来たブラスコに、テニアが背をさすりながら言う。


「移動しましょうご主人。どうせ囲まれてます」

「だろうねえ。――行こうお嬢さん。君も、旦那に用があるんだろ?」


 ブラスコは部屋の中央まで来ると、少女に手を伸ばした。


 少女はブラスコをじっと睨む。


「……何を言い出すんですか。あなた達は」

「悪いけれど、ゆっくり話してる時間は無いみたいなんだ。それは君も同じだろ?」

「馬鹿な事を言わないで下さい! 誰が好き好んでヤクザ者なんかと……!」


 一階のドアから、また組員達が進入して来る音がした。

 先行隊が全滅したのを察知しての判断だろう。雪崩込むように響く足音は、先程の比ではない。


「だっから時間えって言ってんでしょう!?」

「ハッハァ! じゃあ無理矢理にでも来て貰おうか!」


 テニアがぶち切れて叫び、ブラスコは笑うと、少女を抱えて窓へ駆け出した。


 テニアがその後を追い、クロクスは慌てて少女の影に潜る。


 全速力で壁へ走るブラスコに、思わず少女は青ざめた。


「だからっ、ちょっと……!?」

「ショータイムだ!」


 ブラスコは壁諸共、肩で窓をぶち破る。

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