呪いと蜥蜴

「何も魔法は、無限に使える力じゃない。その元となる魔力を持っているのは悪魔です。悪魔だって生き物だ……。魔力を生み出すのも、人間を食べて力を得るから。元を絶ってしまえばあなただって、魔法の供給が止まって不死身じゃなくなる」

「詳しいのねえ」


 ブラスコは肩を竦めた。


 少女の言う通り、魔力を生み出し、それを元に魔法を作って与えている悪魔を殺されれば、魔法使いとはただの人となる。

 悪魔も、自分の知らない所で契約相手が殺されてしまうのは困るので、だから悪魔と魔法使いとは、常に共に動くのだ。

 魔力とは魔法の元であり、悪魔が悪魔らしく生きる力そのもの。人間を食べる事によって生き、それによって初めて得る。所謂人間の食事、料理や他の生物を食う事では、全く得られない。あれは空腹を紛らわせられるという意味が強く、栄養を得られても、魔力を補う事までは出来ないのだ。そもそもテニアらは人間を食らう、悪魔という怪物なのだから。


「でも、それは君も同じでしょ? 契約相手以外の人も食べちゃうなんてルール違反と言うか……。まあ別にそのルールも、周りの非魔法使い達にどう見られるかという話ってだけで、知らないっちゃ知らないけれど。バレなきゃいいし。でも消耗が大きいのは事実だ。結構色んな事出来るみたいだけれど、回復とかそういう魔法は持ってないみたいだし。それに君の相棒も、もうやめて欲しいみたいだし」


 ブラスコに足元を指され、少女は思わず目線を落とす。

 下ろしていた両手の右袖から、あの大蛇の頭が覗いていた。


 あれだけ大きな身体だった筈が、少女の拳ぐらいまで頭が小さくなって彼女を見上げている。ちろちろと出しては引っ込める舌が、どこか寂しげに見えた。


「ああクロちゃん……」


 少女が右下膊みぎかはくを胸の前に翳すと、蛇は袖から這い出す。

 続けて左手を差し出すと顎を乗せ、少女の両手に渡るようにのっそりと、前脚で袖から押し出した身体を左腕に乗せた。


「えっ、足!?」


 声を上げるテニアに、少女は面倒そうに大蛇だったものを抱える。


 あの大蛇は、艶の無い、タイヤのような質感の黒い鱗に覆われた、がっしりとした蜥蜴とかげになっていた。鉤爪のついた短い足、肉食らしい太い顎と、小さな恐竜のようと言っても差し支え無い。蛇のようにしなやかで、長い尾も特徴的だった。


蜥蜴とかげです。モデルはコモドオオトカゲらしいですけれど」

「ええ怖っ……。それ全長七十センチぐらいある……?」


 ブラスコは青い顔をした。


「本当は三メートルぐらい行くんですけどね。今は疲れて縮んでますが」

「っていやいや、さっき蛇だったじゃないですかあんなでっかい!」


 少女の返事を遮るように、テニアが叫んだ。


 ちろちろと舌を出す大蜥蜴おおとかげを胸に、少女は更に面倒そうに言う。


「……劣等種は形を持たないのが特徴でしょう? 知らないんですか? 最上位種の制約コンストレーンツのくせに」


 その言葉に、テニアは我に返った。

 いや、ぞっとして息が止まる。


「……まだいたんですね。呪いカースなんて」


 その気丈に振る舞おうとする様を、ブラスコは一瞥する。


 少女は軽く、顎をもたげた。その動きは爬虫類のようで、皮肉と自嘲の混ざった息を、鼻から吐き出して笑う。


「……位としては憑依ポゼッション更に下の、最も非力とされている悪魔です。制約コンストレーンツにも匹敵する莫大な魔力を持ちながら、それを自分で魔法へ構築する事も出来ず、昼間は影から出れない。運よく契約してくれるお人好しと出会えても、対価となる魔法を与える事が出来ないから、原石である魔力のまま渡して、契約相手自らに構築させるという、寄生虫も甚だしい。まあ自分で組み立てられる分、魔法使いとその魔法との相性は、必ずよくなりますけどね。 悪魔の得手不得手に振り回されませんから」


 少女は話しながら後ろの壁へ歩き出し、背を預けると向き直った。


呪いカースはその代償に、契約相手への負荷が大き過ぎます」


 その少女を、テニアは睨むように見ると言う。


「魔力がある限り、契約相手の望んだ形に魔法を放てる……。魔力の元は人間。契約を結んでいるのならその魔法の元は、契約相手の身一つにかかります。あくまでルールを重んじるならの話ですが。然し呪いカースは、とても人間一人ではまかなえない量を要求する。人の食事で誤魔化せるのは制約コンストレーンツだけ。故に寄生虫だ、劣等種だ、呪いだなんて風に呼ばれる。その身に見合わない、馬鹿げた量の人間を必要とし、そのくせ対価は未知だから。……わざわざ呪いカースと契約するなんて自殺行為です。魔法という形で、自分が望んだような力が手に入るからと、養う為に片っ端から人を襲い、やがて悪魔払いに目を付けられ破滅する。その哀れな様こそが『呪い』だと。昔から悪魔払いの対象と言えば、我々制約コンストレーンツよりもあなた達だった。悪魔の長とやらも死んだご時世です……。とっくに絶滅したと思ってましたよ」


 今度はブラスコが口を開いた。


「……教会でバクバク食べてたのも、そういう理由ね。トニス・ダウアのメンバーから肝臓が抜き取られていたのも、その蜥蜴ちゃんの好みが理由?」


 少女は足を組みながら返す。


「あれは私がやったんです。この子は好き嫌いがありませんから」

「どうしてそんな事を?」

「言えば何か、私に益がありますか?」


 試すように少女は笑った。


 ブラスコは飄々と微笑み返す。


「意外と俺達気が合って、上手くやれるかもしれないよ」

「合いなんてしませんよ。私達対極なんだから」

「どうしてだい?」

「おじさん、不死身なんでしょう?」


 おじさんという言葉にショックを受け、繕っていたいい顔が崩れるブラスコ。

 子供相手に何を色気付いているのかと、呆れて見ていたテニアは胃痛が止んだ。


 いや、ここで触れるべきは、少女の嫌に大人びた態度かともテニアは思う。まだ十代も半ばの少女がこうも動じず、寧ろ挑発的な程泰然と、大人と会話など出来るものだろうか。

 まるで執拗に世間れを迫られる経験でもしてきたような、他者への敬意をそのまま落としてきたかのようなその目は、不遜と言うより哀れに見えた。

 依然何者かは謎としても呪いカースという、ただえさえ悪魔の上に最も厄介な者に魅入られ、昨日だけで両手で数えても足りない程の人間を殺すような人生を、歩む事になってしまうなど。


 テニアの心情を余所に、少女はブラスコに続ける。


「不死身って事は、もし身体が損壊しても生きられるんでしょう? ヤクザと関わるようなお仕事されてるのに、綺麗な様子ですし。例えば、死んだり怪我をした端から、生前の姿に回復するとか」

「ご明察。確かにそんな感じだよ。テニっちゃんがいなかったらもう、今まで何度死んでるか」


 ブラスコは言うと、テニアの肩を抱いた。

 眉間に皺が寄るテニアだが、いつもの事なので抵抗しない。


「……その度に絶命してはいるんですけどね。ただ元に戻るというだけで、厳密には本当に不死ではありませんが。死ぬ度に元に戻っているだけで」

「それは羨ましいです。私には肝臓がありませんから」


 狙ったように淑やかな笑みを浮かべ、少女は返した。


 ブラスコとテニアが固まる様が、大蜥蜴の無感情な目に映る。

 少女はそんな二人を嘲りもせず、ゆったりと足を組み替えた。


「移植医療って知ってますか? ここ数年で始まったばかりの技術なんですけれど。駄目になった臓器を他の人の内臓と取り替えて、病気を治したり延命するっていう」



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