竜の胆(い)を持つ女

「それにはレシピエントとドナーの相性が大切で、誰でもいいという訳ではありません。血液型とか、全身の細胞にあるヒト白血球抗原のHLA型とか、それらの一致する割合が重要で。血液型はまだしもこのHLA型は、兄弟間でも一致する割合が四分の一の確率で、大抵の患者は家族内でHLA型が適合するドナーは見つからないそうです。そのくせ非血縁者間では、数百から数万分の一の確率でしか一致しなくて。ドナーを待っている間に亡くなってしまう事だって、何ら珍しくありません。そもそも取り替える方法を見つけたと言った所で、臓器は製造出来ませんから。人工臓器があるとは言いますけれど、何でもかんでもは用意出来ませんし。……特に余りに多機能で、再現が困難な肝臓とか。今の所肝臓を悪くしてしまうと、移植しか無いようです。だから、儲かるんですよね。内臓を拵える仕事って。まあそんな仕事まともな世界にはありませんけれど、こういうの好きじゃないですか。悪い人。死体なんて日常的に出会うし、ゴミがお金になるなんて万々歳って。私が住んでる町で、丁度そういう商売が流行ってまして。じゃあ私の肝臓を持ってったのもそいつらかなって」

「……持ってったって……」


 ブラスコは、耳を疑うテニアの肩から手を離しす。


「つまり君は今、肝臓が無いって事かい?」


 続けてテニアも疑問をぶつけた。


「それに売る為の臓器は、アルヴァジーレ内の人間から揃えられているとも聞きます」

「ここ、情報統制されてるでしょう?」


 少女はつまらなさそうに返す。


「アル……ヴァジーレ、でしたっけ? ここの名前。四十年ぐらい前にあった内戦時は、王国軍の拠点の一つだった街。途中で元民間軍だった傭兵崩れに取られて、そこから難民だ何だが避難して来て住むようになり、終戦後も傭兵崩れ達の体制のまま、だらだら続いて今に至る戦の爪痕。傭兵達も戦いが終わった後の事はそこまで考えてなかったようで、一時的な統治機能しか持っていなかったし、ズルズルと今のような無法地帯となったとか。やがてそれが、今ある四大組織による支配に繋がって、ヤクザの街がはい完成。国も建て直し中で、文句を付ける暇が無かったから、実質ここは独立国家だと聞きますよ。王国軍の拠点だった頃の名残で、高い壁にぐるりと囲まれている上に、外に繋がる道は大抵、向こう側の警察が見張ってますから、出入りが自由とは言えませんが」


 ブラスコが口を開いた。


「……悪党の巣になってるから、根絶やしにしようにも余りにギャングが力を持ち過ぎてるからね。国も手が出せないならせめて、そこへ入っていく数を押さえたいんだよ。内部のギャング達も、警察の目が殆ど無いアルヴァジーレなら、自由に出来るしわざわざ出たいとも思わない。土地を与えてその中でなら、好きにさせた方が治安も荒れないって国の考えさ」


 いつも浮かべている筈の笑みに、やりきれない思いが滲む。


 少女は特に、その手の感情は醸さない。


「どっちも屑という事に変わりはありませんが。まあだから、ここって社会から隔離されてるじゃないですか。四大組織とかいうヤクザが圧力をかければ、街の中で流れる噂なんて簡単に操れますし。ここではどういう話になってるか知りませんけれど、アルヴァジーレの近郊で起きてる人さらいは、ここのヤクザ共が関わってるって話です。警察ももう何ヶ月も追っているのに未だ進展していませんから、アルヴァジーレ内の犯行という線が強まってきたそうで。だから、夜中に近所の薄暗い所歩いて、見つけられないかやってみたんです。摘出手術をする為の、それらしい廃墟とか。そしたら、当たり。でも、 ヤクザの息がかかった医者とかチンピラばかりで、中々構成員そのものとは会えなくて。まあ殺してる間に、アルヴァジーレに大本があるらしいと知れて、やって来ました。ぶっ殺そうと思って。……両親と車に乗ってる所に、事故に見せかけて追突してきて、半殺しにして病院に連れて行くふりをして、その実態は内臓を抜くんですよ。潰れてない、使えそうなやつは全部」


 少女は恐ろしさや怒りというより、呆れや疲れに近い溜め息をつく。


「入れ物だった身体はポイです。その方法で資金を得ようとしていたヤクザ達に、まあ不幸にも偶然。悪魔は、ピンチの時にやってくるんでしょう? 追い込まれていて、心に隙が生まれた時。上手く契約して貰えるよう、甘言を並べて。今契約をすれば、その窮地から抜け出せるとか何とか。クロちゃ――クロクスは丁度、麻酔で眠らされて、肝臓抜かれてる最中に現れたみたいですけれど。まあ内臓一つでよかったです。目とか皮膚とか、心臓の弁とか、結構使われるものって多いそうですから。事故で破裂した脾臓ひぞうは、もう駄目だったから一緒に摘出されてたみたいですけどね。別にあれ、無くても生きられる臓器ですし。当然不健康にはなりますが」

「契約せざるを得ないタイミングで、現れた故にって事ですか」

「あなただってそうでしょう」


 何とも言えない顔で言うテニアが、分からないと言いたげに少女は返した。


「確かに契約しないと、私はあの時バラバラにされて、死んでたんですから。クロクスに恨みもありませんし。寧ろ感謝です」


 テニアは声を尖らせる。


「……仮に、失った臓器の複雑な機能を魔法で補えたとして、魔力を直接肉体に流すのは非常に危険です。人間の身体は、魔力に耐えられるようには出来てない。一時的に命を繋いで、そいつのいい餌になっているだけではないですか」

「変な人ですね。あなた」


 熱くなるテニアと対照的に、淡白に返した。


「悪魔のくせに、人間の身を案じるなんて。死ぬ筈だったのに少しは生きられるなら、こんなボーナス無いでしょう」

「生きてる間に、復讐をってかい?」

「陳腐な話ですけどね」


 少女はブラスコの問いに自嘲すると、身を屈めて大蜥蜴を床に下ろす。

 大蜥蜴おおとかげはのっそりと、階段へ向かうと下り始めた。

 それを不思議そうに眺める二人に、少女は告げる。


「お腹空いたんですって。一階に溜めてる死体ありますから」


 そう言われると強烈な異臭を感じ、二人揃って顔を顰めた。

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