事変
「撃つなってこら! 勢澄会に当たったらどうすんだ!」
一方墓地では、ガスパール構成員を狙う大蛇を食い止めようと、ブラスコが奔走していた。止まない銃撃に教会からの発砲音は掻き消されており、ブラスコは教会での異変に気付いていない。
ガスパール構成員の独断で執拗な攻撃を受ける大蛇は、標的を彼らに定め、園内を這い回っていた。
墓標の足元には空薬莢が転がり、芝生はガスパール構成員の死体に赤く染まる。
ガスパール構成員は上手く逃げ回りつつ、大蛇を撃つ。攻撃が止まないよう前後二列の横隊を組み、前の者が撃ち終えるとリロードの隙を突かれないよう、後ろに構えていた構成員が入れ替わって射撃する。
がむしゃらに目の前の構成員を襲っていた大蛇は、塀の隅へと追いやられた。
仕留めると言わんばかりに、ガスパール構成員達の攻撃が激しさを増す。
幾ら不死身で、性能強化により回復力を上げられているブラスコでも、近付いてもゲリラ豪雨のように撃たれては動けない。
「ったく勝手な事しやがってよお……!」
ブラスコは苛立ちに歯を食い縛ると、 園内に突き刺さっていた門扉の一枚に駆け寄った。
アーチ型の門扉は、すっかり拉げているが問題無い。これを大蛇にぶつけ、注意をこちらに向けさせる。
門扉にしがみつき、引き抜こうとすると、ひっきりなしに聞こえていた射撃音が、鈍い大きな音に掻き消された。呻くような、短い悲鳴も混ざる。
弾丸が、大蛇の目を捉えたらしい。片目を潰された大蛇は痛みに大きく身を捩り、鞭のように放たれた尾がガスパール構成員を薙ぎ払う。全滅とはいかないが、隊列が大きく乱れた。
蓄積されたダメージが怒りを買ったのか、しつこい攻撃に痺れを切らしたのか、大蛇は倒れた構成員に目を向けると、片っ端から丸呑みにし出した。
「嘘、食べん――のののののののののののの!?」
思わず声を上げたブラスコを、弾丸が貫く。
丁度正門に向けていたブラスコの背は蜂の巣になり、被弾の衝撃でがくがくと身体が揺れた。
テニアが事前に強化してくれていたお陰で、何度も全身を撃ち抜かれるも、絶命を問わず被弾した瞬間から回復が始まる。何度も破壊と再生を繰り返すが、すぐに元通りになった。
撃って来たのは、敷地の外を囲っていた見張りの生き残りだった。撃ってくるとは少なくとも勢澄会ではない。ガスパール側だ。
「いってえなこのタコ!? つか何で俺――撃ってんだコラァ!!」
ブラスコは涙目で引き抜いた門扉を、全身の力を乗せ空へ放つ。
円盤のように放たれた門扉は、大蛇の頭へ真っ直ぐ飛んだ。だがそれは、大蛇の背後にあった塀に激突する。
消えたのだ。
屈んで躱されたのではなく、まるで水面になったような、地面に潜って。
その頃教会では、祭壇でひっくり返っていた椅子を弾き飛ばすように、床から何かが現れる。
突然湧き上がったその黒は、大きな水柱のようだとテニアは思った。
縄のようにうねりながら、高い教会の天井まで昇ったそれは、液体となって、床と長椅子にぶちまけられる。粘性があるのかべったりと貼り付いたそれは、中心へ向け縮小するように小さくなると、水溜まりぐらいのサイズになった。
不気味な光景に目を疑いながら、テニアは頭の隅で気付く。
天井でうねった際のその黒は、外で見た大蛇と、全く同じシルエットをしていたと。
まだ縮小を続けていた水溜まりは、そこから別の輪郭が飛び出すと同時に消えた。
テニアと向かい合わせになるよう、すとんと両手を床に添え着地した輪郭は、雪村達へゆっくりと振り返る。
何とも奇怪な――いや、これこそを魔法と言うべきか。そんな登場をしてみせたあの影は、二人のボスを見て言った。
「――
最初に動いたのはグレブだった。銃をザックから影に向け、ガスパール側の側近も二名、影へ発砲する。
影は横っ飛びで躱すと、長椅子と長椅子との間に身を潜めた。
勢澄会もザックへの警戒は怠らず、側近の一人がグレブに加勢し、ザックへ迫ろうと走る影を撃つ。
然し素早く長椅子の間を駆ける影は、風のようで捉えられない。
「ちっ……何だってんだ……!」
ザックも堪らず、影へマカロフを向けた。
「ガッハッハァ! どうやら一時休戦のようだぜ!」
雪村は豪快に笑うと、自らもトカレフを取り出す。
「抜かせ! ――おい化け物!」
勢澄会、ガスパールファミリーの連携で、影が潜んでいた長椅子の間の両端が、同時に撃たれる。
道を塞がれた影は行き場を無くし、自身の壁となっている前方の長椅子に手を掛けると、飛び越えるように身を躍らせた。
「……やってますよ!」
持つ力が不死の悪魔に、そう期待されても。
そう思いながらも距離を詰めていたテニアは、手近な長椅子を掴み、影が長椅子を飛び越えると同時に投げ飛ばす。
背後から影を巻き込んだ長椅子はザックの頭上を越え、祭壇の後ろにあるステンドグラスをぶち破った。色取り取りの硝子の破片が、月に煌めきながら闇を舞う。
「旦那!」
大蛇が消え、ブラスコが教会へ飛んで来た。
「今の内に退避を! 魔法使いが消えたなら、園内の混乱も治まる筈――」
テニアの声に割って入るように、銃が鳴く。
ザックが発砲したのだ。
時間が止まったような錯覚を覚えながら、便利屋は息を飲む。同時にステンドグラスの向こうから、舞い戻ろうと跳躍した影が現れた。
混乱に乗じ放たれた弾丸は、肉に噛み付き食い破る。雪村を狙ったザックより速く、ザックを狙ったグレブの弾丸が。
黒い魔法使いが吹き飛ばされ、ザックが銃を構えた瞬間、雪村を他の側近に任せたグレブが、いち早く反応したのだ。
ザックは右利き。右肩を撃ち抜かれ、照準がズレた弾丸は明後日の方へ飛んでいく。
ザックは右肩を押さえると、痛みに呻いた。
「ち……!」
その瞬間地を蹴ったブラスコが、立ち尽くしていたテニアを追い越す。
祭壇に着地した影ではなく、 その手前辺りの長椅子にいたガスパールファミリーに飛びかかり、側近達を押しのけ、ザックを押し倒そうと腕を伸ばした。
気付いたテニアが、制止を求めるように叫ぶ。
「ご主人ッ!」
「何やってんだてめえ!!」
ブラスコは凄まじい剣幕で怒鳴りながら、ザックの両肩を掴んだ。
「――いい子だブラスコ」
雪村が低く笑う。
それを合図に彼の側近は、ブラスコ諸共、ガスパールファミリーを一斉射撃した。
態勢を崩された所で弾幕を受けたガスパールファミリーは、ブラスコに倒されながら、なす術も無く的となる。
頭に血が上るのは、今度はテニアの番だった。
「――雪村ァ!!」
「お許しを。テニアさん」
唯一射撃に加わっていなかったグレブが、激高したテニアを撃つ。
テニアは虫でも払うように、片手でその弾丸を弾き返した。跳ねた弾が、火花を散らしながら余所へ刺さる。
床を踏み抜く勢いで走り出そうとした瞬間、弾を弾いた手に違和感が走り確かめた。
払った指先が、錆びた鉄のように茶色くなっている。今にもぼろぼろと、崩れそうになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます