交錯ブランチ

 雪村は、彼の縄張りである西区ダニエル内のオープンカフェで、のんびりとブランチを摂っていた。

 彼が着く四人掛けのテーブルは雪村一人だが、周囲のテーブルには、護衛の組員達が二十人、雪村のテーブルを囲うように座り、コーヒーを飲んでいる。一服しているように見えるが、視線はしっかりと周囲を睨んでおり物々しい。


 カフェの前で下ろされたブラスコは、ズボンのポケットに手を入れると、肩を竦めて笑ってみせた。


「目立つのが好きねえ。雪村の旦那」


 ブラスコに気付いた雪村は、にやりと返す。


「俺の庭だからな」


 ブラスコとテニアはグレブに促され、雪村のテーブルに着いた。


「飯はもう食ったのか?」


 雪村はブラスコらに、メニューを渡そうとする。


「朝は早いんですなあ僕達ィ。ていうか、奢ってくれるなら先に言って下さいよ」

「馬鹿言え。いつもほっときゃ夕方まで寝てるじゃねえか。それより、昨日はごくろーさん」


 雪村は近付いて来ていたウエイターに、取り敢えずコーヒーを二つ注文すると掛け直した。


「外の魔法使いだってな。小さいアジア系の」


 雪村はメニューを脇に置きながら、豪快にトーストを齧る。

 トーストが乗っている皿とは別に、サラダ、目玉焼き、スモークサーモンが半分程残った皿があり、コーヒーカップの脇には、空になったコーンスープの器もあった。

 相変わらずよく食べる人だと思いつつ、テニアは応じる。


「情け無い話ですが、まんまと出し抜かれてしまいまして。あの後あの地下室では、何か見つかったものはありましたか?」

「死体だけだなァ。結構広かったらしいから、くま無く探させたんたが……。ざっと五十ぐれえ。地上のチンピラ共も全員トニス・ダウアで、総勢六十人強って所かね。名簿と照らし合わせたら、仲よく全滅してたとさ。その死体の殆どが、何らかの強烈な打撃痕を持ち、内臓の一部を抜き取られてる」

「肝臓が最も多い印象でした」

「ご明察だ。腹をバックリ裂かれて、綺麗に無くなってたよ。組員には写真も撮らせたが、犯人の慣れを感じたぜ」

「切り裂きジャックじゃあるまいし」


 テニアはつまらなそうに返すと、コーヒーを運んで来たウエイターに気付く。ウエイターに軽く頭を下げて会釈をしてから、伸ばしたコーヒーを一口含んだ。

 さっぱりしたブレンドだった。マイルドで爽やかな酸味が、不快さに尖った気分を丸くする。


「――手慣れていたのは同意です。人間と契約した悪魔は、契約相手の血を飲むようになりますが、昔ながらの生き方を好む野良の場合、そんなのお構い無しですので。好みもありますしね。男がいい、女がいい、健康体がいい、肥満体がいい……。肉より内臓が好きだって奴も当然います。人間が、牛や豚の部位にこだわるように。なので、悪魔としての最初の所感は、同族の仕業だろうかと思いました」

「悪魔の食事量ってのは、一体どれぐらいのものなんかね?」


 雪村は、スモークサーモンにフォークを刺しながらテニアに尋ねる。


「それだけの人数から半数以上も抜き取られたって事は相当の量になるが、悪魔ってのは、一度にそんなに食うのかい? テニア嬢はフリーの頃は、どれぐらい食ってた?」

「女性に尋ねる内容では無いと思いますが」


 流石にむっとして睨むテニアに、雪村はスモークサーモンを頬張ると、くねくね身をよじってみせる。


「えぇ~んだって仕事だしぃ?」

「キモいです」


 そして食いながら喋っているので音が汚い。


「そんなには食わないよ。テニっちゃん小食だし」


 砂糖とコーヒーフレッシュで、黒からすっかり薄い茶色と化したコーヒーを、スプーンで混ぜながらブラスコは言う。

 コーヒーはブラックの無糖が好みであるテニアは、何と下品な液体を生み出しているのかと、虫の死骸でも見るような目を彼に向けた。


「肝臓なんて大きい臓器だと、サイズにもよるけれど一つ食べればもう満腹。何なら食べ切れるかちょっと怪しいぐらいじゃないかな。テニっちゃんクラスの悪魔なら、こうした料理でも栄養は取れるから柔軟性があるけれど、その代わり人間が食べるものって、悪魔には栄養の吸収率よくないみたいで、沢山食べないといけなくなるみたいだけどね。満腹感も弱いから、もう毎月の支出がほぼテニっちゃんの食費で飛んで……」

「ご主人!」


 テニアが真っ赤になって叫ぶ。


「人間の食事で全て補う場合、今旦那が食べてる量なら、それ三十セットは食べ――まァ悪魔はいたと言えど、きちんと固定の相手を確保してたけどね! あの黒い魔法使いさん!!」


 コーヒーを混ぜていたスプーンを強奪され、目玉をくり抜く構えを取られたのでもうやめる。


「……悪魔は一度契約を結べば、その相手の血しか飲まなくなるから、その上から別の人間を襲って食べる事は、まず考えられないよ。契約している意味が無くなっちゃうし。ていうかそもそも、何であの場に外部の魔法使いがいて、 かつトニス・ダウアのメンバーは内臓を抜き取られていたのかって話になるんだけどさ」


 ブラスコは返して貰ったスプーンで、混ぜ終えたコーヒーを飲んだ。


 雪村はフォークを置く。


「昨日お前らが、最初の依頼で見つけてくれた奴らいるだろ? テニア嬢の言う通り下っ端で、大したネタは持ってなかったわ。幸いお前らが見つけてくれたアジトがあるから、詳しい事は調べさせてる最中だが……。ボスが既に死んでるってのはなァ」

「ガスパールファミリーを殺す。とか言ってたけれど?」

「デカい口を叩く奴が現れたもんだ」


 雪村は難しい顔で、腕を組みながら座り直した。


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