消えたキャンプ場Ⅱ

@kuratensuke

第1話



消えたキャンプ場Ⅱ



十津川 会津





前作で消えたキャンプ場と言う物を書いた。一年以上前になる。

あれから一年、今日はその場所を歩いている。

医者から散歩など運動を勧められて久しい。

初秋の風はこの甲陽園の森林には冷たい。一時間ほどの散歩をするつもりである。

歩くにつけて十中月中旬にも関わらず、ツクツクボウシの微かな鳴き声がした。

まだ夏の余韻も残しているんだ、そう思いながら歩みを進めた。少なからずもちろんの事、コウロギやバッタの様な虫、スイッチョンの声も聞こえてくる。

ちょうど夏から秋への過渡期であろう。

何んとも微妙な気持ちが心を満たした。

ふと気がつくと、公園の中心部を越えて、問題の事件があったと書いた場所に近づくにつれ、恐怖心が元より生まれて来た。

こうなる事は想像はついていた。当然である。

でもこの地域に足を踏み入れてみたいという気持ちも上回る時が在る。

所謂、怖いもの見たさと言うやつである。

下に目を落とすと、蟻の大群が抜け落ちたセミの抜け殻を運ぼうとしている。

暫らくその場所に行くには勇気がいるので、様子を伺う。

 大きな虫の抜け殻を良く見ていると、少しづつ、それぞれの役目を持つ働きアリと言うやつが、嘴で噛み砕いて、小さく分散して部品を運んでいるように巣へと運んでいる。

その細やかさがしばらく続いていると、或る程度の大きさになると、やおら、大勢のアリ達で残りを持ちあげようとしだした。

オイオイそれは無理だろうと思って見ていた。

出来る事なら運んでやろうか、そんな考えが脳裏を過ぎる。

その考えは完全に否定された、見る見るアリ達が殻を持ちあげて運び出したのだ。

こりゃすごいな、アリながら天晴れなるぞと洒落て見る。

そうして何百と言うアリ達が、殻を運んで消えて行くまでを見ていると、三十分近くの時間が過ぎてしまった。

川原近くでその様子の一部始終を観察した後、問題のトイレはこの坂を上がればある。

もちろん殺されて、放り込まれていた場所だ。此処が一番、ネット等で紹介をされている。

ネットではここのトイレの横に立って、お出でお出でをするというのだ。

今横切ろうとしている。

影が大きく多い。

陽の当らないその場所はやはりそれらしい雰囲気は醸し出している。

背筋に少し寒さを感じた。

此の道は暫らく行くと左に曲がり、阪急のテニスクラブが見えてくる。

この辺りに来ると人気が戻り、背中が霊気を亡くして勇気が湧いてくるのだ。

そんな一喜一憂をしながら歩かねばならない、此の道はいつもそうである。

お化けを恐れているなんいい年をして滑稽で極まりない。十分に生き霊や死霊の商売上のやり取りが有った、恐れるに足りない、とも思う。それはそれで別物で有ろうと言う気も無いでは無かった。

夕方近くなろうとしていたが、まだ年寄り達はテニスに興じている。

金持ちの集まりではあろうと思うが、何処か見栄の塊が見え隠れしているようで素直でない気がした。

何時もそう思う事が在る、其れは一時期、自営の事務所を開いている時からそう思うようになった。

もちろん一応、法律の事務所であるから問題のある人たちが集まってくるのは当たり前だ。が、見かけによらない場合が多い。シャネルを付けた倒産女、ローレックスを手放さない倒産爺。さまざまであった。

豪邸を何とかして守ろう守ろうとして、どうでもいい与太話にうつつを抜かす金満家達。

見ていると豚に見えてくる事が在った。

いい年こいて往生際が悪い。何時もそう思った。

若いうちはそれでもいい、或る程度の年になるとそれが枯れて、来るべき死に向けて用意しておくのがよかろう、と思う。

若いものが生きるに不器用で、涙ながらに日々を暮らし、いつぞや生命を絶たんとするのではないかと思うほど思いつめている時に、年寄りに限っては、悠々自適に年金なんぞを沢山もらって、遊んで馬鹿な事を言っているのを見ていると、早く死んでほしいと願うばかりである。

この頃はそんな気持ちが支配的なのだ。

突然にそんな思いで歩いていると前に立ちはばかる蟷螂が一匹出て来た。

体はそんなに大きくはない。中ぐらいより小さいかもしれない。

ただ引きさがり、私の顔に睨みを効かせ、素早く利き手かどうかを後ずさりすると、応戦モードになっている。

こりゃチビの癖に気が強いわ、等と笑いが込上げてくる。

すっかり気分が晴れて来て、気がつくと、水辺の渡り橋に来ていた。

この橋は、左に行くと影が多くて白い猫が手招きしているので辞めた。

此の白い猫は何時ぞや小さな鼠を何処からか捕まえて来て、目の前で痛ぶりながら殺して食べるのであろう現場を思わず見てしまった過去が在る。

だから気持ちが進まない。確か昔は母親らしい見毛が居た筈だ。

その時は小さな白の為に見毛が鼠を捕って餌として与えている風情に見えた。

見毛は死んだのか、大きくなった白だけでこちらを睨んで鳴いている。

攻撃的な鳴き声なので気持ちが落ち込んだ。せっかくの上がってきた気持ちがこ奴の所為で下がり込んで来て伏せった。

前には相変わらず蟷螂が行く手を番人の様に遮っている。

その様子で気が晴れて来たから頭越しに蟷螂を越えて橋を右手に折れた。

鯉が大きくなった、春には小さい鯉が沢山いた筈だが、群れが少なくなった代わりに大きいのが二、三、悠々と泳いで見える。

他の鯉達を犠牲にして大きいのが生き残ったのか、動物界は得てして自然に任せて淘汰を受け入れるのだが、人間はそうはいかない、坑がってばかりで詰らない。

それだけに私等は、生きていてどうなのかなと言う人間を沢山目にして来た。

医学の進歩は自然と、それと、やれ自然に抗い続ける一方で、神の意志に反してまでも死ぬべきものを蘇らせたり、神代の時代から決まり切っていた倫理観を裏切るのだ。

それこそ医学の進歩とばかり雄弁だが、敢えて幸せかと言うとそうでもない場合が在る。

生かされるのがすべて善と言うわけではない。

死にたいものは死にたいのだ。でなければ死に方なんぞ考えるに及ばないのだ。

現実、死ぬ人は増え続けているのだ。

特に高齢者が多いのはもちろんの事、自殺者は少し減ったようではあるが、世界的には有数の自殺願望国家であることは否めない。

政治家は世事家、世辞家でもいい、鉄面皮で出来損ないで無ければ務まらない職業と信じている。

かの友人、O君を、そしてわが甥を悪く言うつもりはないが、相当な心臓と鈍感力と傲慢さを身につけないと生きてはいけない気がする。

私等は数時間、否、数分すら持ち堪えるに堪えない世界であろう。

家内等は秒殺である。そもそも私達夫婦には、生命力自体が無い。

唯、海に揺らぐ海月、世に彷徨う無縁者や世捨て人風情なので世界に疎く、日々を如何に暮らすかなどは、その朝の起きた時の気分次第なのである。

そのように意志も確たる希望も無いひと達のつがいであるから、どちらか片方が死んでも暫らくは興味を示さないかもしれない。

丁度これ位がいい、と考えている。

相手は、如何思うのか聞いても見ないが、多分似たり寄ったりの性格であろう気がするのである。

思いに浸りながら、煙草の火をつけて公園の庭眺めに作られたベンチなぞに座り、吹かしていると、白がこちらの方にやってくる。

餌などに有り付こうとする下心が見えて嫌な気がしていたが、近くにまで来てみると顔に数々の軍軌が残されている。

所謂戦いのあとが在るわけだ。傷だらけに等しい。

大きいものは体の一部を禿げさせている。熊か猪に遣られたのかも知れない。

それに察するに妊娠をしているのか、腹が下に大きく下がっている気がする。

生憎食うものが無いのでそれとなく見ていると、足元に寝そべり、腹を出してきた。

犬党の私にはそれが判らないのであるが、確か服従の証と考える。

あまりに汚ないのでいろんな恐怖を感じて触らないでいると、女の様に媚びてくるようだ。

体をくねらせて欲しがって来る。

変な心持になるのを忘れて煙草の火を消して立ち上がった。

白もその内に相手にしてくれないと判ったのか、ポン引きの女の様にその場から去って行き、違う相手を求めると言う素振りを見せた。

元来た道を反対側から上がろうとして草むらを行く、彼女達にあった場所である。

死ぬ前にである、否、殺されてからの浮遊を余儀なくされた霊たちなのであろうか、今となっては調べる由は無かった。

川を何とか水に落ちる事無く渡り終えると、更に草むらが続いた。

此方側が初めて霊に出会った場所かもしれない等と考えた。

記憶は曖昧で、その証拠に草むらが多い所為か方向まで、出会った方向や位置関係まで記憶は消されているようであった。

まあ、良いとばかりにテニスクラブの声がする方向に歩みを進めた。

門の前まで来ると懐かしい五ヶ池が見えてくる。

河合達と三十三年前に遊んだ場所だ。あのときはこんなに大きい池とは感じなかった。

誰しも前の事、過去の思い出を呼び起こす時、大きく感じたものが小さく感じるものであるが今回はさらにかなりの違いで大きく感じた。

あの場所はもう少し小さい筈だと思う、場所が変わってしまったのか、それとも水が長い間に増えてしまったのか、皆目見当がつかない。

又右に折れようとすると車が後ろから来た、どうもこのあたりの車は、ゆっくりとしていて、景色を見るのが主体としているのでスピードは極力遅いように感じる。

通り過ぎるのを端に佇み、やり過ぎると、又蟷螂が踏みつけられて絶命していた。

気が強い奴なのが祟って逃げる事を知らないからそうなるんだろう。

問いかけても答えは無いのであった。影の多い場所に差し掛かると又背筋の悪寒らしきものを覚えて、

「叔父さん……」

 女の子の声がする。

更に寒気がゾクッと背筋を凍りつかせる。

明らかにこの世のもので無い声がする。そう思いこまざる負えないほど何かしら狂気と恐怖が辺りを包んでいるのだ。夕暮れはとうに過ぎてテニスに興じている声もしなくなっていた。

いきなり急ぎ足で辺りの夕暮れ時を恨むように歩いた。

失敗した、もう少し早く帰れば良かったのだ。

「叔父さん……」

 又声がする、気がつくと左側にトイレの家屋が見える。

仕舞った、調子に乗って霊の場所に深く入ってしまった、そんな感じだ。

聞こえない聞こえない、お経の様に念じながら小走りにその場を過ぎようとした。

しかし声はさらに続く、

「叔父さん前にも会ったでしょう?」

 不味い事になった、声が聞こえにくい老人と言う設定が在るな、無視して兎に角無視して只管小走りになる。

「おじいさん」

 前に回って顔を覗くように立ちはだかれた。

一瞬、臭いが鼻を衝く悪臭だ、人の腐ったのか人腐臭と言うものか、

「おじいさんなんか?」

 真正面から顔を見る、

目が当に爛れ落ちんとしている。悪臭と共に目が白い腱の様なものを見え隠れさせながら、ぶらぶらと風まかせに垂れ下がっているようだ。赤くなって爛れた肉類と一緒になって白い腱の先には目玉がこちらを向いている。

「こんなになってしもてん、可愛かったのにな」

 そのあっけらかんとした物言いがより狂気を呼ぶ、恐怖も無論呼んだ。

「ひえ」

 思わず声をあげた。そうして足が竦んで腰が抜けるとその場に倒れた。

丁度山肌の影が覆う場所なので人からは見つかりにくい場所である。

しまったしまった、島倉千代子、頭を抱えたがもう遅い。もはや冗談では無くなった。

次から次へと足の無い物や首の無い物、目が片方だけで腐り落ちそうな霊たちが続々と出て来る。

何とこの場所にはこんなに殺されたものが集っているのか、恐怖を通り越して氷のように冷たくなった体から意識が飛んでしまった。

それでも微かな意識が在るのか、微かな出歯ヶ目根性があるのか、見たい気が有るのか、その場にへたり込みながらも彼らの様子をうかがっていた。

「あかんわ、この人、気を失ってはるわ」

「供養してもらう方法を言おうとしただけやのに……」

「あかんわ、こんなん、根性無しやで」

 その他、云い、化け物が集まって私の寸評をしだした。

兎に角悪臭、鼻を衝く悪臭に胸が詰まる。

総勢で三十は超える群れがこちらを見ているのだ。

南妙法蓮華経から南無阿弥陀仏、最後は色即是空、空即是色、有りとあらゆる知り得るお経を繰り出したが声が声にならない、所謂金縛り状態の様だ。

目だけは容赦なく業態を照らし出している、して見ると暫らく、此の化け物たちはどうも女ばかりなのであろうか。

久しぶりの一同に会合した様子である。私に飽きたものは、近くで友達同士なのか、無駄話をしながら目が無くなっているのか片目ばかりがぎらぎらと光って相手を見ている。

笑っているのか、これが又眼が垂れて落ちそうになりながら喋っているようだ。掴んで目の球の元あった頭蓋に無理やり戻そうとしているものも居る。

如何も漸く辺りを凝視できるようになってくると、彼女達は眼の玉のやりどころに苦心しているようだ。目の球を髪を掻き上げんとする仕草よろしく、あちらこちらで頭蓋に戻しては垂れて戻しては垂れてしている。

笑い転げるもの要るし、抱き合ってきゃあきゃあ言っているものも居る。

恐怖に腰が抜けてしまい地獄の形相を見せられている。

「何で俺にだけこんな目に会うんや」

 叫んだが彼女たちには聞こえないのか、返事は無いが皆で遊びまわっている様子である。まるで高校生か中学生の体である。

ワイワイと遠足にでも来たようだ。

時折車がヘッドライトを付けて通り過ぎんとしていると乳を出して、おちょくるものも居る、股を開いてその場所をさらけ出しているものも居る。まさに化け物の暴走族みたいなものだ。

「お前今何て言った?」

 覗き込んできた年増の太っちょがいた、

「私だけは耳が好いから少しだけは聞こえるんだよ」

「おばちゃん聞こえるの?」

 先程の女の子が言う。

こうして見ていると、この子が一番か、可愛いのか?

訳が判らなくなってくる。

当に地獄に仏かもしれない。

「なんか言うたやろう、もう一度言うてみ?」

 落武者の様な髪を振り乱して、顔を覗き込んでくる。

この物たちは、お構いなしで目が無いものが多いのか、真正面から覗き込んでくるもんが多い。思わず後ずさりして目をそむけてしまう事が多い。

今だ腰は抜けてしまい、立てそうにはない、逃げたくても逃げれないのだ。

不思議と先程より恐怖心は消えて来た、悪臭にも味噌か糠の腐ったものと言う感もしないではない。

不思議と慣れて?来てしまうのか?訳が判らない。

「ところで頼みがあるんよ、聞いてくれるか?」

 さっきの太っちょが言う。

「なんや?」

 漸く声が出たようだ。

「私の産んだ子供の様子を調べてくれへんか?」

「何時ぐらいの話や?」

「昭和三十年の十二月に殺されたから、今子供は六十四歳くらいかな?」

「生まれた日に殺されたんか?」

「そうや、あの腐れ旦那、他の女が居たんや、私が子供を産む言うて語寝たら殺しよったんや、そうや調度あんたの座ってる所らへんに捨てやがったんや、それでも子供だけはと、草むらで生んだんや」

「それからは死んでしもたから意識が無くてわからんのや」

 今にも私の首をしめんとばかりに追い込むような目つきで迫ってくる。

それから、次々と霊亡物達は我よ我よとばかりにこの世に残した未練などを訴えて来る。

「待ってくれ、一遍に言うても無理やがな、順番に並んで一人ずつ言うてくれ」

 総勢で約三十あまりの相談に乗る羽目になった。

相談事は仕事柄慣れている。所謂心霊探偵みたいなものか、洒落ている場合では無い。

川原に近い屋根の付いた、台と椅子が有る処に移動してきた。

火はとっぷりと消えて、夕月が出てくる。

やはり夜近くに彼女達を見ると恐ろしさが更に増した。

十人分ぐらい聞いたところで、

「今日はもう帰る」

 と言った。これ以上こんなところで時間をつぶしてはいられない。

彼女達は猛り狂ったが、先程の親玉らしき女が止めてくれた。

「まあ、待ちなさい、この人にも家庭が有るんやろう?無理ゆうたらあかんわいな」

 その途端に、股間を握る不届き物が現れた。

「してんのか?その年でまだ出来んのか?」

 やけに艶っぽいのだが、歯茎から鼻の頭蓋が見えて恐ろしい女が現れた。

横に座ってはなれない。膝から又にかけて触ってくる。

「止めてくれ」

「止めたりこの色狐」

 太っちょが止めてくれた。

フンとばかりに大きいお尻を背に向けて、立ち去った。

「どれ位で今までの要件をこなしてくれんの?」

「判らん」

「何やと、舐めてんか?」

 背筋が凍る思いがした。お化けだけにすごまれると背筋が凍る。

目玉を塗りつけられでもしたら恐ろしい事になる。

「判らんがな」

「まあ、それもそやの」

 今一つ、判らないのが有るから聞いてみる。

「なんで、女ばかりなんや?」

 笑いながら凄んだ様子で、

「化けて出たり恨み残して死ぬのは女の特権よ、判らんか?」

「そりゃそうやわな」

 訳が判らずそう答えた。亡霊達とその場から分かれて帰途についた。

帰ると女房が既に家に帰っていた。

「何処行ってたん、何べんも電話したのにから」

 此方にも恐ろしい女がいる。

あの世もこの世も恐ろしいのは女だわ、又背筋が凍る。

「ひっつき虫だらけやんか?、何処で何してんの?仕事もせんと、ホンマ宿六が」

 宿六になって久しい、せめて六十からと待ち望んだ年金暮らしはどんどん離れて行く。

「すまんすまん、直ぐに飯の支度するわ」

 女房は駆け付け3杯か、酒の瓶が出ている。

役所で嫌な事でも又有ったのか、この頃はそうする習慣が出来た。

「あんた顔色悪いで、耳から又、耳だれ見たいなん出てるし」

 耳はひどく外耳炎か何かで耳だれが出てくる時が有る、持病になってから久しい。

「何にするよ?」

 今日は鍋にするか、勝手に決めて、料理をした。

飯を早く食わすと機嫌が好いに決まっている。

鍋を作りながら考えた。あの太っちょの奴から片付けんと機嫌が悪いやろな。

一人考える。女房にばれたらそれこそ離婚問題になるやろう。

案外その夜は大人しく寝てくれた、酒の勢いもある。

女房がいびきをかいている間に、一人起きだしてパソコンに向かう。

 まずは太っちょの女からだ。

そうしなければどうしてどうして許してはくれまい。

確か彼女は、芦屋の岩園で生活していたと言った。

生まれは何処だか聞いてはいない、岩園には、俺の友達が住んでいる。

西宮で単車の販売修理をしている、かれこれ五年程前に単車を其処で買った。

其れ依頼コーヒーを飲みに行ったり、創作に行きずまると遊びに行くことにしている。

とてもいい人で、年齢も近いので話が合う、二年ほど前からは、車の車検や修理も頼みに行っているのだ。

加藤さんは、近くの関学の学生の単車を直したり、売ったり、買い取ってあげたりもしている。

四年も経つと学生達は、卒業して、違うところへ就職したり、出て行くので、単車が不要になる。

其れを修理して売ったりしているのだ。

いきなり彼に幽霊に出会いましてね等とは話しかけられない。

先ずは昔取った気根ずか、行政書士の手法を使い、戸籍の調査や付表を取る事にしよう。

まずは取り敢えず心当たりの甲山での殺人を検索することにする。

 甲山殺人等と入れて見て、検索するのだ。

思いも掛けず沢山のヒットが有った、沢山殺されているもんだと思った。

百代という名を言っていた、百代、も入れて見た。

住所を入れた訳ではないが、岩園だけで絞り込むと、女性が子供を残して失踪とある。

「えっ、如何いう事や?」

 良く読んでいると、子供が道端に捨てられていたとある。

これ以上の事はネットでも判らなかった、そうして、恐ろしさも喉元を過ぎて二週間が経った、忘れかけた頃に其れはやってきた。

夜寝ているとやけに布団が思い、気がつくと金縛りの状態で目を開けるとあの女が馬乗りになって髪を振り乱し恨めしそうに俺の顔を覗き込んでいる。

「ひいっ、えー」言葉にならないのが金縛りの苦しいところ。

 それに現実問題間違いないのだから、余計に恐ろしい。

「ひい」

 除け様としても女は、此方を覗き込んで恐ろしいほどの悪臭と、恨めしさを此方に思いっ切り掘り込んで来る。

「ぎいえー」

言葉にはならない、しかし何度か叫んでいると、

「おのれ、命を頼んだよしみで助けた物を裏切るとはどないな了分じゃ、生かしてはおけん」

「待ってくれ、なんとかするさかい、今二、三日」

 声にならない声を振り絞った。

少し覗き込まれていると、我に帰ったのか姿は無くなった。

横で寝ていた女房が、

「何夢見てんの? 又ホラー映画でも見たんちゃうか?」

 暫らくすると、汗びっしょりの俺にかまわず、寝息を立て始めた。

目が覚めてしまい、別の部屋に向かい、PCを触る。

亡人録、名前は何とするか?倉前亡人録、こりゃ却下じゃ、俺が死んだ事になる。

吾輩の尊敬する、佐伯亡人調、これかな?

しかし、佐伯文学が死んだように見える。こりゃアカン、と、ばかりに又尊敬の止まない、芥川亡人録、これなら死んでるしいい感じ、これにするか。

さて太っちょ、如何書くかだ、芦屋の岩園夫人の口か?

どう見てもガラの悪さが目につく、そうでは無いんではないか?等と暫らく思いを巡らして見る。

「如何したもんか?、ウーーン」と唸りながら畳に寝転び、煙草を吸う。

 思索を続ける。眠くなった。どれくらい眠ったのだろう?近頃金縛りが怖くて実はよく眠れないのだ。

時計を見ると昼の三時、小一時間眠ったか?、さてとばかりPCに向かうと、太っちょがPCを打ったのか?太っちょが。

「ええっ」気が気では無い。

 眠気を飛ばすためにやおら起き上がり、コーヒーを点てる。

良く見てみると自分の信条書が書かれている。

名前、加藤百代、

生年月日、昭和五年 八月 一三日。

本籍 芦屋市岩園三九八番地。

昭和三〇年七月一三日絞殺される。脂肪。

と、ある。脂肪は死亡の打ち間違いだろう。噴出しながらももう一度PCと向き合う。

いや待てよ、此のまま、役所に行くか、役所に行って戸籍の調査をして見るか。

こうして私は幽霊なんぞの為とはいえ、重い腰をあげた。

「済ません古い戸籍を取りたいのですが」

出て来たのは、このところの新卒、メガネをかけたいかにもテクノクラートを自慢しそうな奴であった。

「加藤百代で名寄せをしてもらえますか?」

「加藤百代さんですね、生存されておりますか?」

 俺は一計を案じ、

「生きておられるとは思うんですが」

 と答えた。

どうせ死んでいるのは判ってはいたが、こ奴の態度が如何も気にいらないので、意地悪をして見たのだ。年も六十還暦に近づくと、甚だ性根も腐るもので、若い意気揚々としている者を見ると、何だか腹立たしくなり、壊したくなる衝動に駆られるものである。

「既に死んでおられるのではありませんか?」

若いテクノクラートはそう言った。

そうですかとばかりにやりと笑いながら、

「そうでしたかお亡くなりになられましたか、残念なことをしました」

等とおべんちゃらをこいてはテクノ野郎の足元をすくおうと試みたが、全然意に介されずに終わった。

相変わらずテクノ野郎はメガネの奥に冷たい、デジタルの光を持って、此方を瞬きもせずに見ている。

つまりテクノ野郎は何処かで大事な人間の感情という物を落としてきた様で、感情という感覚がなさそうである。

こんな奴に人間の、おしいひと、を亡くしました、などと講釈を垂れても馬の耳に念仏、馬耳東風を地で行くようなもので、冷たく光るメガネの奥には、何たらゲームの攻略法しかないのだろう。良く判る。その感情を捨てて生きて来た姿が。

時間をつぶしている暇は無いわいと、役所を出て、気がついた。

付表が無いな、まあ、好いか、お化けの付表など無くても構わんわい。

付表とは、時系列の戸籍の移動歴を表す。

つまり住所の移動やその他が記載されている。それが無くても、百代さんの場合は、見たところ移動歴も戸籍からは読み取れないので、移動はあまりないのだろうと結論付けた。

ただ、失踪宣告が有るので理由書が長々と記入されているようでは有る。

芦屋の町を久しぶりに来たついでに歩きながら様子を伺うことにした。

 洒落た町をJRの方へ歩いて行くと、向こうから、当世見られぬ洋装をした女が来る。

此方を伺う瞳の奥は何処かで見た様な、あっ、百代の目だわい、垂れて落ちかけたのしか見ていなかったが、まさしくの当人の目の輝きが有った。

「久しぶり」

 知らぬ顔を決めて横をすれ切ろうとした。

「何処いっとんじゃ」

「へっ?」

「何、シラ切って、何処に行くんじゃ?」

「どちら様で?」

「首絞めて、毎晩布団の上に出るど」

「ひぇっ」

「早くラブホテル連れて行け」

「えっ」

「早く連れて行くんじゃ、私を」

聞いて見るとどうも、話が有るので何処か人目を忍べと言う事らしいのだ。

周りの人間には百代の姿は映らない、一人、道端で独り言を言う変なお爺さんが俺である。

成る程、先程から町を歩く芦屋の人間達は、距離を置いて俺の周りを避けて通るようだ。

この辺りには竹園旅館しかないだろう、と言うと、そこでもいいと言う。

今は竹園ホテルという、甲子園に来た折には巨人軍の定宿となって久しい。

何度か屋上のバー等に洒落こんでは見た事もあるが、高いだけで上手くない、好きなのはコロッケやカツだけであまり有名なのにこれと言ってとりえの無いホテルでは有る。

フロントに二人、一人か?は言ってカードを出そうとすると、横から百代が、

「これを使い」

 ダイナーズカードを出した。

「使えんのか?」

 恐る恐るカードを出してみる、見ると、加藤健一という聞いた事の無い名前の家族用カードになっていた。此の有名なカードは金持ちしか持っていない、無制限に使えるのが信条であった。

何とかカードはとうり、二人部屋があてがわれた。

南に海岸が見えて美しい夜景が売り物のホテルなのだが、昨今は、高い建物に押されて見る影もない。今や田舎の名前だけが古い、有名ホテルなのだ。

経営もそれほど芳しいものではなかろう、名前ばかりが有名なのだが、芦屋というネームバリュウばかりが先に立ち、神戸牛は上手いが馬鹿高く、かろうじて名士さんのお陰で店が成り立つ有り様と考えられる。

「此処は懐かしいわ」百代は言った。何故かしら涙を流しているようでもある。

 何だか、何がしたいのか判らないのだが、彼女の思惑が判らずに、冷蔵庫に有った酒を出しては飲んでみた。

彼女も酒を飲んでいる。

まさか俺に行為を求めているわけでもないだろうな、恐ろしい妄想が頭をよぎった、犬を抱いた方がましかもしれない。

等と考えていると、案の定、すり寄る様に此方へ来た。

「どど、どないしたんや?」

「ちょっと、久しぶりに男が欲しなってきたわ」

「俺には嫁もおるし……」

「幽霊は嫌か?」

「当たり前やんけ」

急に顔がお化けに戻る、

「ひぇー」

「ちょっとの間辛抱せい」

「嫌や、ああっ」

ズボンを脱がしてきた、為されるままに二度ばかり、タタン物を無理やりに掘り込まされて仕方なく、遣らされたのだがこれではゴーチンならぬ、やはりゴーチンか、恐ろしい時間を過ごしてしまった。

普通の時とは違い体中の生気という生気がすいあげられて、骨皮筋衛門の状態になった。鏡を見るととてもこの世のものとは思えない形相になった、青白く、唇は冷たい水につかり過ぎた時の様に真っ青だ。

「俺このまま呪い殺されるんちゃうか」

「アホな事いいな、久しぶりにすっきりしたわ」

「お前、何だか調子ええな、肌艶の調子も良さそうやんけ」

 ニコニコしながら、

「はいな、調子ようござんす」機嫌が好い。こんなに吸い上げられたら、俺の命が危ないな、如何やって逃げるかやな、耳無法一の様におはらいが想像されるが、何処か書き漏れるとまずい事になる。等と前後策を考えていると、

鼻歌交じりの百代さんは、

「またしてな」

「もうええやろ、堪忍してくれ」

がおおっ、とばかりに顔をお化けに戻してくる。

「ひぇえー」

えらいこっちゃ、こりゃ呪い殺されてしまうがな、なんぞええ方法は無いんか。

夜は夜で、何だか久しぶりに嫁にせがまれて、これ又二回ほど、相交える。

幽霊の愛人?嫁さんと身が持たない。

何といっても幽霊の百代さんの攻撃は激しいのだ。次から次へと要求してくる、長い間の男日照りが有るのか、恐ろしい性慾で有った。それと心配なのはこんな事をして性病かなんかにはなりはしまいか、悪い幽霊の菌でも移りはしまいかと心配なのである。

嫁さんに悪い病気でも移したら最悪の事になろう。心配だらけの事ばかり。

早く、完全に取りつかれている筈の状態から、脱却する方法は無いものかと、思案してみる毎日であった。

そんな事も有りながらも、恐ろしい脅迫は相変わらず続くので、如何ともしがたい日々、身はやつれ、見る影も無くなりつつある。都合、言うがまま、百代の慰みものになる日々が続きた。

それでも捜索は片付いてきた、そんな或る日の事、百代がとりついている秘密が判った。

如何も何キロ圏内しか移動は無理なようなのである。要するに、とりついた人間の範囲、中心から数キロ範囲かそれ以下しか、移動は不可能の様であるのだ。

だからあ奴は、俺の周囲数キロの範囲しか移動できないから、それ以上の行動はしない。

しめたと思った。これで何か策を弄すれば、あ奴から逃げおおせるわい。

可愛いもんだ、よくよく考えれば、とりついた人間の一キロ圏内ぐらいしか文句も言えない、訳だ。

とりつき先が変わるにはどうするかが問題である。好いのが居た。

今や探偵業のあ奴である。致し方ない、俺の幸せが優先だわい。


篠田と竜子は、京都の清水寺の沿道に居た。

もちろん俺もいるのだ。要人警護という役目で、二人を連れだしたのだ。

無論日当も払う、二人で二万円、仕事の無い二人はすぐに飛びついて来た。

カード会社の夜間拝観が、もようされている。少し時間を間違えて、五時半が、七時半になった。

仕方なく、そこいらを散歩していた、高台寺にはわが尊敬する中井庄五郎の墓が有るのも目的のひとつであった。近くには、無論、竜馬の墓もあるのだが、俺にしては親戚かもしれない中井庄五郎の方が、遠戚を代表しての墓参りになる。

二十一歳の若さで斉藤一に切られた、斉藤一が憎くてしょうがない気がする。

維新前後の生き方を見ても警察官になったと言う斉藤、許せない、若き志士たちは、寸歩の気持ちも残さず維新の為に命を落としてきた。良い日本を創る大義名分の為である。

庄五郎は一度、斉藤一と斬り合いをしている。

四條大橋の河原で、出会い頭に斬り合ったが、多勢に武勢で危うく命を落としかけた。

酔った上に相手は永倉新八、沖田総司、斉藤一、手錬の顔ぶれであった。

食う為だけに生きて居た壬生浪が、理想主義者である者達からは、嫌われ者であった。

食う為だけというか、侍になりたい、農民から侍になりたい。その内なる思いはかわいそうだが、どうも、卑銭で出来ればかなえたくない、邪魔をしてやりたいと、俺などは考えている。考えていると言っても当に済んだ話なのでは有るのだが。

俺が言うのも何なんだが、うちの父方は中井庄五郎、母方は維新の際の竹田何んとかと言う女長刀隊の主某であった。

時が時、世が世なら敵対関係にあろう。

松平容保は徳川慶喜の弟の筈、会津の主君、京の守護警備を仰せつかる、対して維新の志士と盟友の中の庄五郎は、まさしく敵対の関係にある筈だ。

奇しくも親父方の方が、容保率いる新撰組の斉藤一に斬られた。

敵、恨むベく同士が今は結婚して、俺達、子供が、孫がと伝えられていくとする、因果関係を思うと感慨が深い。等とヘボ作家特有の妄想に耽っていると、

「先生開きましたよ」席が開いて、やっと昼飯に有り付ける。

 湯葉の定食、湯豆腐の定食、それぞれに舌鼓をしながらの昼飯であった。女房は今回初めて、此の二人に会う。

「よろしくお願いします」等としおらしいが、家に帰ると大酒をあおる人間だとは二人もよもや思うまい。

先程から早く出てこないかと待ち受けるのだが、百代の姿が見当たらないので困ったも

のだ。

何処ぞ、ここいらの維新の志士達が、沢山霊としてあるから浮気でもしているのか、と

も思うそれはそれでもいいと考えてた。もう戻ってくるな、日当を損しても構わない、

居無くればそれはそれで良かったのだ。

篠田にく付けるつもりが、中井庄五郎大明神にくっ付くのは些か不本意であるが、それ

もそれで幽霊同士であろうから構わない。

飯を食いまだまだ散歩することにした、いまだ時間にして一時間はゆうにある。

拝観までの時間つぶしにと歩いては見たものの、三国人の多さには辟易したものだ。


三国人は差別用語かもしれない、Non-Japanease,Third Nati

onalsのGHQの解釈からしても差別言語では無い筈なのだが、何故かそうなっている、自身原文を当たる機会が有った。

GHQの翻訳文を資料としてかいま読んだが、そんな意味はもうとう無かった。

つまりは後付けの理論として、如何しても解釈を捻じ曲げたい中国、朝鮮辺りが戦後の

おこぼれを貰うべくでっち上げた解釈、そのものかもしれない。

如何して今、それが中心解釈なっているのか判らないが、戦後の扇情的共産党を中心とする似非民主主義者達の策謀なのかもしれない。

世間は今、住みにくい、其れは思想的に住みにくいと言うのが本当かも知れない。

何かを言うと触ると、保健所まがいの消毒部隊が、ネットを躍らせて意見誘導して誰かを

血祭りにあげるようだ。

これは一種のいじめ構造であろう、ファシズムでも有る。

ネットが万能度を上げてしまい、知的に問題ある物達にテクノクラート的市民権を与えて

いる。

代償は大きい、まさしく、神々の闘争、鉄の檻論の始まりを意味する。

マックス・ブエィバーの予言は正しいかもしれない。

又妄想の世界にはいっていた。

漸く、三国人の群れを排して、日本人だけの拝観が始まった。

何度も子供のころから来てはいるものの、清水寺は、夜に来たのは初めてであった。

細川護熙、元総理大臣の京都博物館の催しは圧巻では有った。

細川家の珍物、名品には言葉もなかったが、其れを子孫である細川氏が説明をする催しで

有る。何年か前では有るが覚えている。それと細川氏の小さい事が印象に有る、体が細く

て小さいのだ。其れに驚いたのも覚えている。女房よりも小さかった、女房は一七〇セン

チの大女だがそれにしても細川氏は、165センチぐらいにしか見えなかった。

夜の拝観は、普段は拝観出来ない観音像を過ぎて、清水の舞台を過ぎて、右手に京都タ

ワーを拝する事が出来る位置に来ていた。

「甘酒は何処で飲めるのかな」

「此処ですかね?」甘いものに目が無い篠田が言う。京都タワーを見ながら右手に折れて来ると、正面に音羽の滝が見えて来た。

手を洗い口を濯ぐ、今を去ること四十四年程前には、家族で来た。

その時の事を思い出す、弟が、真ん中の弟が、せり出した手と手尺の先の水を盛ろうとしてた時、危うく前のめりになりバランスを失い落ちかけた。

隣のおじさんが支えてくれて助かったが、その時の弟の顔が忘れられない。

今にも落ちそうになると、顔が大きく歪みひきつったのを覚えている、俺は対面の路上から其れを見ていた。

アカン、落ちたと思った、清水の舞台ならぬ音羽の滝からである。

そんな思いに耽っていると、ふと気が付いたのだが、今日は竜子の方が篠田より大人しい。

「如何したんだね?」

竜子に声をかけて見た。

「実は、妊娠してまして」篠田が言う。

「嗚呼、それは御目出度いね」

俺は、心から言った。

「予定日は何時?」女房が言った。

「まだ医者に行って無いんですわ」

 勝手に決め付けているようである。竜子にして見ては複雑であろう、体を売っていた時期もあるし、帰化するかどうか等、問題は沢山あろう。

しかし、私は言った。

「君らはまだまだ若いからなんでも乗り越えられるわい」

 少し日当も弾む事にしよう、幽霊の餌食にする予定では有ったがそれも止めざる負えない、良心の呵責が湧いてきた。

前回の捜査も彼らはやっている。事情は理解されやすいのである。唯、幽霊の捜査となると如何言うかは知れない。

しかし俺としては今後の事を考えると彼らに託するのが一番なのである。

所詮、作家崩れのわがままで行動力の無さを、彼らは解消してくれるのだ、少しばかりの金銭的持ち出しや労苦は厭わないのだ。

また面白い題材を呉れる、作家とはそういうものだろう何にもしないで、人の見聞きした物を題材に、妄想という独自の才能で、面白くも悲しくも書くと言う代物だ。

 何んとか百代の機嫌を取って、とり付き先を変えることに専念せねばならない。

そうしなければ篠田たちにも指摘されたように、頬がこけ落ちて体は曲がり、足はおぼつかない状態が続き、やがて死を迎える日が来るやも知れない、当に命がけの作業なのである。現に、篠田や竜子は俺の顔色の悪い事を気にはしてくれていた。

「先生仕事が過ぎるんちゃいますかね」と、篠田。

竜子は、

「痩せはりましたね」と言ってくれた。

 心苦しいンは篠田の身の上を聞くにつけ、やや子が出来るのに、幽霊に取りつかせようとしている俺自身のあくどさであろう。こうして考えているうちに、甘酒の接待が始まった。

「皆さんどうぞお召し上がりどす」

 バイトの様な可愛いおねいちゃんが、声をかけて来た。

「どこの大学なん」

「甲南です」

「何学部?」

「国際グローバル学科です」

「ほう、うちの孫が今度受けるところやがな」

「ああ、そうなんですね」忙しそうなのかウザがられたのか、そそくさと離れて行った。

 ああ、若い子と会話するのはへたくそやな、と思う。

気を取り直して、先程から此方を伺う舞妓はんの方に目をやる。

唖然とした、如何も百代が化けている舞妓の様だ。

此方を睨み付けている。思わず目を反らす。

反らした目のやり場を考える暇も無く、何でこんな処におるんやろうと考えた。

如何もあの目つきは嫉妬が感じられた。幽霊に嫉妬されるのか、と、思うと可笑しくもある。

これでは先々心配でならない、如何すればいいのか、殺す訳にも行かぬ存在だ。

ふと眼を上げると此方に向かってくる。何をするんだ、此の化け物め。

一点に此方の顔を見ながら、向かってくる。その瞳には嫉妬か、何の怒りが込上げているんだろう。


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消えたキャンプ場Ⅱ @kuratensuke

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