Page4-『基本的な自己紹介』


 少し遅れてしまいましたが、このあたりで基本的な自己紹介といきましょう。


 今さら、という感じですね。

 それに自分以外に見せるわけでもないので、そもそも“自己紹介”というのは少しおかしいのかもしれませんが……。


 ですが一度、まとまった文章として、自分のことを客観的に書き出してみるのは面白いかもしれません。

 そう思ったので、私は今日、このノートを書くことに決めました。


 私の名前はリリィ・ホロロフ。

 県内の公立高校に通う、17歳の女子高生です。


 生徒会執行部の委員長を務めていて、アルバイトで暗殺者をやっています。

 この辺の情報は、たしか前にも書きましたね。新しい事を書きましょう。


 こんな名前ですが、国籍は日本です。

 両親はロシアの出身ですが、私は日本人に育てられました。ほんの小さな頃はロシア語を話していたみたいなのですが、今ではすっかり日本語しか話せません。

 盆踊りだって踊れますし、パンよりも白米を好みます。


 つまり私は身も心も内面も日本人なわけですが、この国の人たちから見れば、やっぱりどこか異邦人です。金髪碧眼の日本人なんて、あまりメジャーではないですからね。やはりリリィ・ホロロフという人間は、いつの時代も、図らずしも世間から浮いてしまう運命にあるのでしょう。


 私は3歳の頃、誘拐の被害に遭いました。

 まだロシアに住んでいた時代のことです。

 その誘拐犯が日本人でしたので、私は日本人に育てられたという事になるわけです。


 ここで問題になるのは、犯人が私を誘拐した、その理由です。

 身代金目的なら分かりやすいですよね。猥褻目的もメジャーな理由の1つでしょう。でも、私を誘拐した犯人は違いました。

 彼は、幼い私のことを育て始めたのです。


 彼はシリアルキラーでした。

 そして、食人趣味がありました。


 彼は、気に入った獲物を部屋に連れ込んでは殺していました。

 そして、その肉体をじっくり煮込んでスープにして、私と一緒に食べるのです。

 ホロホロに煮込んだ人肉に、子供用の小さなフォークを突き立てる私の姿を、彼はいつもニヤニヤと嬉しそうに眺めていました。


 眼球を凍らせて食べるという方法は、このときに彼から教わったものです。

 温かかったり冷たかったりした方が、味に緩急が出ますから。完全にデザート感覚でしたね。自分でも、少しおかしいとは思います。


 ……正直、これが普通の子供だったら、壊れていたかもしれません。

 でも幸いなことに、私は無事でした。

 だって、私にはもとから心なんてありませんでしたから。

 そうです、私には心がないのです。だって普通じゃないでしょう? あんな経験をして、今でも普通に生きている、リリィ・ホロロフという存在は。


 彼が私を殺さなかったのも、私に心がなかったからです。

 そのおかげで、私は彼に「食材」ではなく「同士」として認められたのです。


 これは不思議な話ですが、心がない人間でも、完全な孤独というものは怖いのです。あの犯人も、この世界に生きる異邦人として、自分の感覚を共有できる相手を探していたのでしょう。


「……僕は、孤独なんだ」


 それが彼の口癖でした。そして、こう続けるのです。


「僕の仲間は、君たちだけだよ」


 ……君たち。そう――君

 そうです。書きながら気持ちを整理することで、今、ふと思い出しました。

 その家には私のほかにもう1人だけ、子供がいたのです。


 名前はレフ。

 私と同じように誘拐された、同い年の男の子です。

 レフは私と違って、とても泣き虫でした。レフが泣けば、私はいつまでもそばにいました。だから朝から夜まで、ずっと一緒に過ごしていました。

 私たちは、たぶん、友達だったのだと思います。


 結論から言うと、私はレフを食べました。

 せっかくなら詳しく書いておきたいのですが、それは無理な話なのです。

 その日のことを思い出そうと努力すると、どうにもモヤがかかったように曖昧で、ぼんやりしてしまうから。

 私は、レフの顔すら満足に思い出せない。

 

 ただ、とんでもなく美味しかったことだけは、覚えています。

 味付けをしているわけでもないのに、甘くて、とろけるような……そんな夢のような感覚が、砂糖漬けの魔法糸で縫い付けられているかのように、しっかりと舌に残っているのです。

 きっと私は大喜びで、レフのことを食べたのでしょう。


 詳しく思い出せないのが残念でなりません。

 だから、またいつか。ふとした瞬間に、記憶の蓋がパカリと開いたとき――。


 レフとの日々を、ここに書き記したいと思います。



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