Page3-『夕里という子』


 私は芸能人にも漫画にも詳しくないので「誰に似ているか」と問われるとすっかり困ってしまうのですが、私の知っているもので例えると、藍沢夕里はどんぐりに似ています。


 ぬくぬくの温かそうなコートに包まれた、まんまるのクヌギの実。

 別に、太っているわけではないんです。むしろ痩せていて、しっかりご飯を食べているのか不思議になってしまうような、そんな感じの女の子。

 細くて、小さくて、だけれど不思議と、細長いコナラではなくて、丸っこいクヌギを想像してしまうんですよね。なんとなく、ですけど。


 夕里は、あまりおしゃれな女の子ではありません。


 化粧っ気は全くないし、アクセサリーもつけません。ざっくりと肩上で切られたショートヘアは、いつも寝ぐせでどこかがピンと立っています。

 制服はあまり似合いませんね。夕里は大多数の生徒と違ってスカートを短くしていないですし、比較的アレンジの効く靴下だって、シンプルで活動的な白ソックスを選択しています。そのせいかは分かりませんが、都会風の垢ぬけた制服に、逆に着られてしまっているような感じすらしてしまいます。


 素朴で、純朴。

 とりあえずそれが、藍沢夕里の外見に関する印象です。


 私と夕里の出会いは、4月にまで遡ります。

 当時、私はすでに生徒会長としての地位を任されていましたので、新入生相手に委員会紹介をしなくてはなりませんでした。


 正直、面倒くさかったです。

 別に、誰も来ないならそれで構わないと思っていたので。

 だって私は、昼休みに生徒会室が使えればそれで良いのです。むしろ下手にメンバーが増えて、私の静寂を邪魔される方が大問題でした。


 だから私は出来る限り、新入生が「うわ、入りたくないな」と思えるような委員紹介を心掛けました。


 ですが、あからさまにマイナス面ばかりを強調していたら、先生に目を付けられてしまうかもしれません。まさか「生徒会長は殺人犯ですが、あしからず」なんて言うわけにもいきませんので、私は1週間ほどひどく頭を悩ませて、そして完璧な原稿を作り上げました。


 とにかく真面目に、退屈に。


 それでいて生徒会が負う責任の大きさ・活動の厳しさを強調して、ついでに生徒会執行部への在籍事体が、内申点に加点される事実もないと付け加えておきました。


 多くの生徒は、高校生活に楽しさを求めているわけです。あるいは、すでに有名大学への進学を視野に入れて、したたかに内申点稼ぎに精を出そうとしているか。

 前者にしても後者にしても、私の完璧なスピーチによって、しっかりと生徒会執行部への興味を打ち砕いてやれたはずでした。


 事実、ほとんどの新入生は生徒会執行部になど何の興味も持つことなく、健全に他委員へと流れてゆきました。


 ……ですが、ただ1人。

 それでも生徒会執行部に入りたいと希望する、物好きの1年生がいました。

 それが藍沢夕里でした。



 さて。 

 先日のスズメ事件(あれを“事件”と呼ぶのはおかしいかもしれませんが、私にとっては想定外の事だったので……)をきっかけに、夕里は頻繁に生徒会室を訪れるようになりました。


 ずっと、私だけの秘密の空間だったのに。

 私は複雑な想いのなか、無防備にスズメと戯れる夕里の姿を見つめます。

 一体あの子はいつまで、昼休みをこの場所で過ごすつもりでいるのでしょう。あのスズメの具合が良くなるまで? でも一体、それはいつになるのでしょうか?


「……小鳥を保護したらいけないわ」


 数日前、私は夕里にそんな言葉を告げました。

 昔、どこかで聞いたことがあったのです。鳥のヒナは、巣から落ちてしまっていても絶対に保護してはいけないと。親鳥がどこかで見ているのだから、連れて行ったら自然に帰れなくなってしまうからと。


 まるでスズメを気遣っているような口ぶりですが、本当は、スズメの事情なんてどうだって良いんです。

 ただ夕里に出て行ってほしかった。

 私を1人にしてほしかった。

 そんな願いを込めて、私は夕里に告げたのです。


 ところが私の言葉を聞いた夕里は、くるりと私の方を振り返って言うのです。


「リリィ先輩。この子は小さいですけど、雛じゃなくて大人ですよ」

「それが何よ」

「大人の鳥だったら、保護してもいいんです! もちろん一時的にですけど……こんなふうに怪我してて、命が危ないってときは特別に」


 それがあまりに絵に描いたようなドヤ顔だったものですから、私はついムッとして、つんと夕里の額をつつきます。


「……ナマイキ」


 つつかれた夕里は一瞬ぽかんとしたかと思うと、額をおさえてケラケラと笑いはじめました。


 無防備で無邪気な、子供のような笑い方です。


 どうしてこんな笑い方が出来るのでしょう。私は殺人鬼で、依頼さえあれば今すぐにでも、貴方のことを殺せるというのに。


 私はしばらく考えていたけれど、結局考えることはやめました。

 だって今すぐ追い出さなくたって、いずれ、あのスズメの怪我が治れば夕里がここに来る理由はなくなるのです。

 週に一回の委員会で、数時間だけ会うだけの関係に戻るのです。


 だから、それまでの辛抱なのです。


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