第4話
翌朝、リックは森林公園の池を通じて日本へと転移し、約束通り勇樹の家を訪れた。
「やあ勇樹、おはよう!待たせたかい?」
「いや、全然」
「それは良かった。どうやらこっちとあっちの世界は時間の流れるスピードも同じようだね。向こうが朝ならこっちも朝、こっちが夜なら向こうも夜だ」
「全く、不思議な偶然もあるものだね。まあ立ち話はなんだし、中に入ってよ」
勇樹が言うと、リックは玄関を通って勇樹の部屋に通された。
「よし、早速だけど作戦会議といこうか」
勇樹の提案に、リックは快く答えた。
「OK、何から話そうか」
「そうだね、まずリックの戦闘スタイルを考えよう。どんな魔法を使うか決めないと」
「ああ、それは俺も考えていたんだ。俺は基本的に3つの魔法を主軸に戦おうと思う。1つ目は浮遊魔法。これは昨日使ったから分かるだろ?」
「そうだね。空を飛んで犯罪や災害の現場に駆け付けるのは良い案だと思う」
「次に、雷撃魔法。これも昨日使ったから分かるだろ?幾ら悪党退治をするにしても、人殺しするつもりはないからな。気絶させる程度の雷撃魔法で十分だ」
「うん、それも良い案だ。人殺ししないってのは僕も考えていたんだ。」
「浮遊魔法と雷撃魔法は俺の得意な魔法でね。殆ど失敗した事が無いってのもあるんだ。戦闘中に失敗したら最悪だからな」
リックの説明に、勇樹は頷く。
「さて、最後に物理防壁魔法。これはあんまり得意じゃないんだが、戦うなら必要になるだろう」
「物理防壁魔法?つまりバリヤーってことか。」
「試しに見せてみようか?」
リックは右手を突き出すと
「シールド!」
と叫ぶ。たちまち、リックの右手の前に青白い光が半径1mくらいの丸い盾のような形を作った。
「何かぶつけて見てよ」
リックが言うと、勇樹は部屋を見渡した。そして、部屋の片隅にあったサッカーボールを手に取ると、リックの前の青白い光に向かって軽く放り投げた。
ボールはリックには当たらず、青白い光の盾に触れて跳ね返された。ボールは部屋の床を転々と転がっていく。
「凄いな。こんなのも使えるんだね」
勇樹が感心する中、リックは右手を降ろした。すると、青白い光は消えていく。
「たまに失敗する可能性があるけどね」
リックは照れ笑いを見せた。
「それにしても今の魔法を出す時、呪文を唱えなかったね」
「お、流石だな勇樹。良い所に気が付いた」
リックはそう言うと、纏っていたローブの右腕をまくって見せた。すると、彼の右手には金色の腕輪がはめられていた。
「その腕輪は何だい?」
「これは呪文省略の効果を持った腕輪なんだ。レベルの高い魔法は流石に省略しきれないけど、今俺が説明した3つの魔法くらいなら、呪文を省略して発動の掛け声だけで魔法が使えるようになるのさ」
「そいつは凄い」
「ただし、こいつには1つ問題がある。腕輪を付けた方の腕でしか魔法の詠唱は省略できないんだ。つまり、戦う時は右手だけで魔法を使う事になる」
「なるほどね。右手を封じられるとマズい訳だ」
「まあ、そういうことだな」
「それにしても、凄い道具だね。そんなの持っていたんだ」
「ああ、これは祖父の形見でね」
「魔法保安官だったお爺さんの?亡くなっていたんだね……」
「悪い、説明してなかったか。数年前、事件の捜査中に殉職してしまってね。気にしないでくれよ」
リックはそう言うと、勇樹の肩を叩いた。
「まあ、とりあえず魔法はこんなものかな。さて、他の議題は?」
リックは話をそらすように、問いかけた。
「ああ、戦い方は決まったから次は装備だね」
勇樹は答える。
「装備か。俺はこのままで良いと思っていたけどね」
リックは自分の服を見ながら答えた。黒いローブをまとい、下には学生服を着ている。
「うーん。悪くないとは思うけど、色々安全面を考えるとね」
「そうか。でも、このローブだけは良いだろ?これって魔法使いの象徴だしな」
リックは強く主張する。
「そこまで言うなら仕方ないね。じゃあ、一番上にローブを羽織るとして、中に何を着るかだね」
勇樹はそう言うと、スケッチブックを取り出した。
「実は昨日の夜、どんな装備が必要か書き出してみたんだ」
スケッチブックの中には、絵が描かれていた。リックがそれをしげしげと眺める。
「ふむ、まずは防刃ベストと防刃手袋。つまり刃物対策か」
「そう、防壁魔法があるにしろ、接近戦になったら危険だからね。この国で銃を持つ人間はそう多くないだろうから、一番怖いのは刃物だよ」
「なるほど。ところで銃って何だ?」
「ああ、リックの国にはまだ銃が無いのか。簡単に言えば、飛び道具だよ。後で動画を見せてあげる」
「飛び道具か。それは怖いな。後で説明頼むよ」
リックは次のページをめくる。
「肘当てと膝当て……。ブーツ、ヘルメット、ゴーグル。難燃性の戦闘服」
「うん、この辺りは安全用だね。サバイバルゲーム向けのグッズ売り場とかで手に入ると思う」
「目出し帽……。うーん、顔を隠してしまうのか」
リックが難色を示した。
「幾らヒーロー行為をするとは言え、正体は隠した方が良いと思うんだ。例え、君がこの世界の住人じゃないにしてもね」
「分かった。俺はこの国の法律とか詳しく知らないからな。そこは勇樹に任せよう」
リックは渋々頷いた。
「次に……ヘッドセットとヘルメットカメラとGPS?」
「これは僕が君をサポートするためのものさ。GPSで君の位置を把握。ヘルメットカメラで君の見ている物を生中継で見れるようにして、ヘッドセットで君に指示やアドバイスを送るのさ」
「ふーん」
リックは生返事をする。彼の国には無い機材ばかりだから、よく分かっていないのだ。
「これがそれさ。僕の叔父さんにサバイバルゲームに凝っている人が居てね。その人から貰った機材があるんだ」
「要するに、これがあれば俺は勇樹と遠くに居ても会話が出来るってことだな」
「まあね」
「最後は……無線傍聴機?」
「ああ、これは警察や消防の無線を傍聴するための物さ。何か事件や事故が起きたら、これで分かるだろ?」
「ふーん、そんな事が出来るのか」
「まあ、本当は今は無線はデジタル化されていて傍聴は困難なんだけどね。実はそこら辺の機械にはちょっと強くてね。秋葉原で色んな機材を買えば大丈夫だと思う」
「そうか、勇樹は機械には強いって言っていたな」
リックの発言に、勇樹は胸を張って見せた。
「さて、それじゃあ装備を買いに行こうか」
勇樹はそう言うと、立ち上がった。
「ちょっと待て、買いに行くと言っても俺はこの国の金を持ってないぜ?」
「良いよ、そこは僕がお年玉をはたいて買うから」
「悪い……。必ず返すから!」
リックが頭を下げた。
2人は電車に乗って、上野や秋葉原に繰り出した。リックは初めて見る東京の様々な風景にいちいち感心し、キョロキョロとあたりを見渡していた。そして、様々なミリタリー系グッズや電子機器を買い揃えた。
買い物が終わると、2人は勇樹の家に戻った。外はすっかり夕暮れになっている。
「よし、じゃあ僕は無線傍聴機を組み立てるから、リックは着替えてみてよ」
勇樹の提案に従い、リックは勇樹の部屋で着替えを始めた。勇樹はその間にテキパキと購入した電子機器を組み合わせている。
リックは上野で購入した黒色の戦闘服のシャツとズボンを着用した。その上に肘当てと膝当てをはめ、防刃ベストを着込む。手には防刃手袋をはめ、顔にはドクロが描かれた目出し帽を被る。その上にヘルメットを被り、
ヘッドセットとカメラを装着した。
「出来上がったぞ」
リックの言葉に、勇樹が振り向いた。
「凄いな。特殊部隊の隊員や、忍者みたいだ」
勇樹は目を輝かせた。リックが着用した服は殆どが黒色の装備であり、全身黒ずくめだった。
「ニンジャ?」
「そう、忍者。全身黒ずくめの衣装で戦ったり情報収集をしたりする、日本の昔のスパイさ」
「ニンジャねえ……」
リックは自分の服をしげしげと眺めた。そして、服の上に黒色のローブをまとった。
「これで完成だね!リック、なかなかカッコいいよ」
リックは部屋の鏡の前に立つと、自分の格好を確かめた。
「ふむ、悪くない」
「さて、じゃあヒーローとして活動する上での名前が必要だね」
勇樹がパチンと手を叩いた。
「つまり偽名ってことか」
「そう、顔を隠すのと同様に、名前も隠した方が良いだろ?」
「確かに。ヒーローになるのは良いが、面倒ごとに巻き込まれるのは嫌だからな」
リックは頷いた。
「どんな名前にしようか?」
勇樹の問いかけに、リックは少し考え込んだ。
「ニンジャ・ウィザード」
「なんだって?」
「ニンジャ・ウィザードが良い。さっき俺の姿を見て、ニンジャみたいだって言っただろ?それに魔法使いを指すウィザードを組み合わせて、ニンジャ・ウィザードだ」
リックは胸を張った。
「そいつは良い名前だ。よし、それに決まりだ」
勇樹は拍手をする。
「さて、早速だけどニンジャ・ウィザードとしての初仕事に行きたいな!」
リックが目を輝かせながら言う。その声はやる気に満ち溢れていた。
「よし、そうしよう。ちょっと待っててね」
勇樹は組み立てていた傍受機のスイッチを入れた。すると、警察無線の声が部屋に流れ始めた。
「うん、成功だ。さて、何か事件はないかな?」
2人は警察無線の声に耳を傾けた。しばらくすると、慌ただしい無線交信が聞こえ始めた。
「これは……昨日ニュースで流れた脱走犯の情報だ」
勇樹が話すと、2人は顔を見合わせた。
「どこに居る?」
「車に乗って逃走中みたいだ。この家から結構近いな」
「よし来た!そいつを捕まえるぞ!」
リックが叫ぶと、部屋の窓をガラリと開けて空に向かって飛び出した。
「勇樹、サポートを頼む!」
「分かった!そこから南西に飛んで!」
勇樹の声がヘッドセットから流れてくる。
「ああ、違う!リック、そちらは北東だよ!」
「すまん、間違えたか」
「全く、そそっかしいんだから」
勇樹が呆れたように言う。リックは慌てて南西に飛びなおした。
「ヘッドセットもGPSもカメラも感度良好だね。そのまままっすぐ飛ぶと、首都高が見えてくる。その道路を車で逃げているんだ」
「分かった」
リックが飛ぶこと数分、首都高の上空にたどり着いた。
「車ってのは沢山走っているぞ。どれが脱走犯のだ?」
「犯人の車をパトカーが2台追跡しているところだ。白と黒の車体に、赤いランプがついている車が走っているはずだよ」
勇樹の助言に従い、リックはパトカーを探す。
「あれか!」
リックが指さす先にはパトカー2台と普通乗用車1台が猛スピードで走っていた。しかし、パトカーは徐々に差を開けられていく。
「あれに間違いないよ。あのパトカー2台が追いかけているのが犯人の車だ」
「よし分かった!」
リックは叫ぶと、猛スピードで空を飛び、車を追跡しはじめた。
脱走犯の車は右に左にハンドルを切りながら、猛スピードで一般車を追い越していく。
「あの車ってのは速いなあ……!俺もかなり飛ばしているんだけど!」
リックはそう言いながらも、じりじりと距離を詰めていく。そして犯人の車の真上にたどり着くと、天井の上にしがみついた。
「脱走犯!車を止めたまえ!今すぐ止めたまえ!」
リックはフロントガラスに顔を覗かせると、大声で紳士的に叫んだ。
「リック、なんだかキャラが変わっているよ?」
「ヒーローなんだから犯人だろうが何だろうが、紳士的に振舞おうと思ってね」
リックは答えた。
「ひええ!」
脱走犯はフロントガラスに突然現れたドクロマスクの人物に一瞬驚いた。しかし、気を取り直すと左右にハンドルを回し始めた。
「誰か知らんが、振り落としてやる!」
車体が左右にくねくねと蛇行し、リックは天井から振り落とされた。フロントガラスからドクロマスクが消えたため、脱走犯は安堵の笑いを浮かべる。
「へへへ、誰だか知らんがくたばりやがった!」
「危ないじゃないか!」
リックは車にピッタリ並走しながら飛ぶと、運転席の横の窓から脱走犯に叫んだ。脱走犯はリックに気が付いて再度驚きの表情を浮かべる。
「くそ、何なんだ!壁に叩きつけてやる!」
脱走犯は叫ぶと、ハンドルを右に回した。車体がリックの体に当たり、高速道路の壁との距離が縮まっていく。
「そんな事をしても無駄だぞ!車を止めたまえ!」
リックは車の左側に飛んで回り込むと、助手席側の窓ガラスから叫んだ。脱走犯がハンドルを左に切り、車体が左にカーブする。
「さあ!早く!」
リックは今度は車の前に回り込み、ボンネットに仁王立ちになった。そして、フロントガラスを蹴り始める。
「リック、この先カーブだ!危ない!」
勇樹の声がすると、リックはハッとして後ろを振り返った。高速道が左にカーブし、壁が迫っている。リックは慌てて宙に浮かび、車から離れた。
リックが邪魔してカーブの存在に気が付かなかったため、脱走犯の車は、そのままカーブの壁に突っ込んだ。
けたたましい音がし、脱走犯の車は転がりながら停止した。事故を目撃した周囲の車が、慌ててハザードを出しながらブレーキをかけていく。
「いやあ、危ない危ない!」
リックは脱走犯の車に近寄った。フロントはぐちゃぐちゃになっているが、脱走犯自体は生きていそうだった。
「さあ、車から降りなさい」
運転席をドアを開けると、リックは脱走犯を車から引きずり下ろす。
その時、脱走犯がポケットからナイフを取り出し、リックに斬りつけた。
「おっと!」
リックはサッと身をかわすと、両手を構えた。
「事故ったのに元気だね。いいよ、相手になってやろう」
「死にやがれ!」
脱走犯がナイフを右手で突き出すと、リックはナイフをかわし、脱走犯の右ひじに左パンチを浴びせた。たまらずナイフを落としたところで、リックは右手を脱走犯の体に押し当てた。
「サンダー!」
そう叫ぶと、たちまち雷撃魔法が発動し、脱走犯は吹っ飛んで気絶した。
「よし、一件落着!」
リックが脱走犯の身柄を抑えた時に、パトカーが2台やってきた。パトカーが止まると、中から警察官が飛び出してくる。
「リック、後は警察に任せて引き上げよう」
勇樹が無線で呼びかける。
「そうだな」
リックは脱走犯の体を引きずると、警察官に引き渡した。警察官は呆気にとられた様子で、脱走犯を受け取った。
「あ、あの。君は一体?」
問いかける警察官にリックは答えた。
「私の名前はニンジャ・ウィザード!それでは!」
そう言うと、リックは飛び立ち、東京の夕空へと消えていった。
ニンジャ・ウィザード!!~落ちこぼれ魔法使いのヒーロー譚~ @leonardo07
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