第3話

勇樹の案内に従って空を飛ぶこと数分、2人は勇樹の家にたどり着いた。そこは住宅街に建つ2階建ての一戸建て住宅で、リックは2階の勇樹の部屋に通された。

「勇樹がお友達を、それも外国の人を連れてくるなんて珍しいわね」

 勇樹の母親がジュースを入れたコップを2つ、お盆に乗せてやって来る。

「ありがとう、母さん。後は僕がやるよ。」

 勇樹がそう言ってお盆を受け取っている頃、リックは勇樹の部屋の中を見まわしていた。


「リック、そんなに珍しいかい?」

「ああ!ここに来る途中も不思議なものが一杯見えたが、部屋の中は更に変わった物だらけだ!」

 リックは部屋の壁に貼られた世界地図を指差した。

「勇樹、これはこの世界の地図か?」

「ああそうさ、世界地図だよ。今いる東京という街はここ。そして、これが日本という国なんだ」

 勇樹は地図の真ん中の日本列島を指差す。

「随分と小さい所なんだな。しかし、やはり俺の国にある世界地図とは全く違う。やはりここは別の世界なんだな」

 リックは納得した様に呟いた。

「そう、リックが居たロメオ王国……だっけ?そことは全く別の世界だよ。ここでは魔法なんて誰も使えないんだ」

「ただの1人も?」

「ああ。昔はそういう研究をしていた人間がいたけど、結局誰も使えてはいないんだ。その代わり、色々科学が発達したんだ。そちらの国には無い物も一杯あるかもね」

「ああ、そうだな」


 リックは小型テレビを指差した。

「こいつは何だい?」

「ああ、これはテレビさ。試しにつけてみようか?」

 勇樹がリモコンを押すと、テレビがついてニュースが流れ始める。

「ははぁ、なるほど。情報伝達に使う機械なんだな」

 リックは画面を見ながら、合点がいったように頷く。勇樹はポケットからスマートフォンを取り出した。

「こっちも情報伝達に使う機械だよ」

「どういう物なんだ?」

「これを使えば、遠く離れた人と会話や文章のやり取りが出来るんだ」

「成程な。この世界では、このようにして生きているのだな。なかなか面白い。」

 勇樹は部屋にある家電を一つ一つリックに説明した。説明を聞くたびにリックは感心した声を挙げる。


「リック、今度は君の国の事が聞きたいな」

 勇樹が目を輝かせて言った。

「俺の国のことか。さて、何から説明したものだろう」

 リックは腕を組んだ。

「君の国では、みんな魔法が使えるの?」

「いや、皆は使えない。 一部の才能がある人だけさ」

「そうなのか。確か魔法学校の生徒だって言ったよね?学校があるの?」

「そう。王立の魔法学校が国内に幾つかあって、勉強をしているんだ」

「学校を卒業したらどうするの?」

「まずは魔法官という国に仕える役人を目指す者が多いね。魔法官にも色々あって、戦争のために仕事する者、治安維持のために働く者、建設作業に従事する者、医療に従事する者、魔法の研究をする者など色々さ。魔法官にならない者、なれない者も居て、自分で色々と商売をしているケースが多い」

 リックの説明は徐々に熱を帯びる。


「俺の祖父は魔法官だったんだ。治安維持のために働く魔法保安官って職業でね。俺も出来れば魔法保安官になりたいと思っている」

「凄いや。じゃあリックはエリートなんだね!」

 勇樹は尊敬の眼差しを向けた。

「いやぁ、そんなことはないよ……。実は俺は成績は悪くってさ……。正直、魔法官になるのは厳しそうなんだ」

 リックはばつが悪そうに答えた。

「あんなに魔法が色々使えるのに?」

「世の中、上には上がいるってことさ」

 リックは寂しそうに呟く。


「そっかぁ。どこの世界も色々苦労があるんだなぁ」

 勇樹は腕組みしている。

「ところで、勇樹は将来どうするつもりなんだい?」

「僕は出来れば東都大学……、ああこの国で一番難しい大学の工学部に進んで、色々機械の研究をしたいと思っているんだ。ただ、君の言う通り、世の中上には上が居てね。受験勉強をうんと頑張らないと、入学出来るかどうか怪しいよ」

 勇樹は難しい顔をしながら答えた。

「機械の研究か。それは良い夢だ、頑張りなよ。」

 リックは励ました。

「ありがとう、リック。お互い、夢の実現には苦労しそうだね」

「そうだな」

 2人は顔を見合わせてかすかに笑みを浮かべた。



 2人はしばらくジュースを飲みながら、他愛もない会話に興じた。その時、テレビからニュース速報の音が流れた。2人はテレビに目を向けた。

「拘置所からの死刑囚が脱走だって。怖い話だなあ」

 勇樹が呟いた。テレビには、40歳くらいの男性の写真が映っている。髪は長く、なかなか狂暴そうな風貌だ。

「日本にもそういう悪党は居るんだな。」

「そりゃ居るさ。魔法の世界にも居るんでしょ?」

「ああ。」

 そう、どこの世界にも悪党はいるものなのだ。リックは怒りはこみ上げてきた。


「そうだ、リック。君が魔法を使って、さっきみたいに悪党を懲らしめるってのはどう?この世界には、警察じゃ手に負えないような奴ら、警察に見逃されている奴らがまだまだ一杯いるんだ!」

 勇樹の提案に、リックが素っ頓狂な声を出した。

「俺が?魔法で?」

「そう!手から電撃を出したり、空を飛んだり、君は凄い魔法を使えるじゃないか!それに君は身長が高くて体格がいいし、喧嘩だって強い!うってつけじゃないかな?」

 勇樹がパンチを繰り出す真似をした。


「さっきも言ったけど、俺はそんなに大した魔法使いじゃないんだぜ?言いたくはないけど、落ちこぼれだ」

「そうは言うけど、この世界じゃ君以外は誰も魔法が使えないんだよ?」

「確かにそれもそうか」

 リックは腕を組んで考え込む。


「それに君は言っていたじゃないか。お爺さんの様に、悪い奴を取り締まる仕事に就きたいって!これはそのための訓練だよ!」

「訓練か」

「そう。それに、こっちの世界で色々魔法を練習したら、君の成績向上にもつながるかもよ?」

 勇樹の言葉にリックは心動かされた。

「分かった、やろう!」

「本当に!?」

 勇樹は目を輝かせた。

「ただし、条件がある。勇樹が俺をサポートしてくれ。俺はここでは知らないことだらけだ。色々教えて貰わないと、きっと活躍はできない」

「OK、分かった!じゃあ2人で悪党をやっつけよう!ヒーローになろう!」

「ああ、勇樹。宜しく頼む!」

 リックと勇樹はガッチリと握手をした。



「さて、ヒーローになるのは良いけど、一端帰らないと」

 リックは窓の外を見た。外はすっかり暗くなっている。

「そうだね。お互い、色々準備をしないといけないし」

 勇樹は頷いた後、思いついたように問いかけた。

「僕の世界の暦だと明日と明後日は土曜と日曜で学校が休みなんだけど、君の世界の暦はどうなっているんだい?」

「奇遇だな。俺の世界でも明日と明後日は土曜と日曜で学校は休みだ」

「凄いや。一年は何日?」

「365日。ただし4年に1度うるう年ってのもある」

「凄い!全く暦が同じじゃないか!」

 勇樹とリックは感嘆の声を挙げた。

「よし。じゃあ明日の朝、またここに来るよ。それで作戦会議だ!」

「OK!楽しみだね」


「ところでリック。帰ると言っても、どうやって帰るんだい?」

「一応心当たりはあるんだ。最初に出会った場所の近くに池があるだろ?あそこが2つの世界の出入り口になっている可能性があるんだ。そこにもう一度入れば、元の世界に戻れると思う」

「なるほどね。もし戻れなかったら、ここに来なよ。泊めるからさ」

「ありがとう」

 リックはそう言うと、家の階段を降りていく。勇樹の母親が顔を出した。

「ああ、飲み物ありがとうございました。また明日来ます」

 リックは丁寧に礼を述べる。

「いえいえ。勇樹と仲良くしてあげてね」

 母親はニコニコとしている。息子が人を連れてきたのが嬉しかったのだろう。

「では、また明日!」

 リックは2人に挨拶すると、家を去って行った。



「さて、勇樹にはああ言ったけど、本当に帰られるのかな?」

 リックは最初の池の上空まで飛んでくると、不安げに呟いた。元の世界に戻っていない可能性どころか、更に別の世界につながっている可能性すらあるのだ。

「ま、考えても仕方がないか!」

 リックは覚悟を決めると、池にザブンと飛び込んだ。



「プハッ!」

 リックは水面から顔を出すと、辺りを見渡した。空は暗くなっており、良く見えないが、どうやら周囲は森林のようである。

 リックは浮遊魔法を唱えると、池から空に飛び上がった。上空からは、見慣れた魔法学校の校舎の姿が見えた。

「よし、元の世界に戻った!」

 そう叫ぶと、小さくガッツポーズをした。そして、彼の下宿を目指して飛び去って行った。


 リックは下宿に帰ると、彼の叔母から成績の事と遅く帰宅した理由を聞かれてこってりと叱られた。しかし、勇樹との出会いや彼との約束を思い起こすと説教は全く苦にならず、説教が終わるとそそくさと自分の部屋に引っ込んだ。

「よし、やるぞ!俺はヒーローになってやる!」

 部屋でリックは興奮気味に呟いた。悪党の姿をイメージして、シャドーボクシングにしばらく興じた。

「(そうだ、あれを使おう!)」

 リックは思いつくと、自分の机の引き出しをガラリと開けた。中には、金色の腕輪がキラリと光っていた。

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