四章 ③凡人の苦悩

 範囲は校舎内のみ。ただし、体育館、プール、トイレは除く。

 そう指示されて女子高生三人VS俺の戦いは幕を開けた。なんかエロゲっぽいよ!


 けれど、そんな浮ついた気持ちは、紫に追い回された後、合戦峯と遭遇し、命からがら逃げきり、再び紫と出くわしたところで消え失せた。

 マジ疲れた。JK三人、同時に相手するとか、俺の体力がもたない。性的じゃない意味で。


 ヘトヘトになった俺はどこかに隠れようと決めた。面倒だから、秘密結社本部でいいや。

 周囲を窺いながら慎重に秘密結社本部へ向かった俺は、逃げ込むようにするりと教室へ入った。

 よし、敵には見られていないぞ。安心して室内を見たとき、目と口をまん丸にしたノアと目が合った。


「…………え、ええええ!?」

「…………あ、あわわわ!?」


 二人でよくわからない声を上げて慌てる。机に水鉄砲が放られているのを見た俺は、咄嗟にそれを取っていた。確かこれで俺の勝ちになったはず、とノアを窺うと、少女は困ったように微笑んでいた。


「……見つかっちゃいましたね」


 ふとノアの足元を見ると、床にチョークで魔法円が描かれていた。丁寧で歪みのない線だが、それは印刷ではなくちゃんと手書きだった。


「何を、やっているんだ……?」


 愚問だ。魔法円を見ただけでわかった。あえて訊ねたのは、ノアがそれを理解しているのかを確認するためだ。


「ルシファー召喚ですよ」


 諦めたようにノアは言った。カーテン越しの淡い光が反射して、金髪を煌めかせる。いつかの彼女の言葉が甦った。


「……おまえは、悪魔召喚については知識だけじゃなかったのか」

「知識だけですよ。あたしが悪魔召喚に成功したことはないんです。幾度も実践したんですけどね」


 ノアは持っていた魔術書を閉じて、机に置いた。

 そういうことか、と俺は魔術書を見つめた。それは装丁のところどころが剥げ、かなり使い込んでいることを窺わせた。


「……あたしは魔術師になるよう、幼いときから教育を受けてきたんです。前の学校は、魔術師を育成するための専門学校のようなところでした。魔術師になるのが当たり前みたいな環境で、あたしも爵位のある立派な悪魔と契約して、偉大な魔術師になるのが夢でした。でも……」


 伏せた長い睫毛が震えた。魔術書の上に置かれた小さな手が、きゅっと握られる。


「いつまで経っても、あたしは何も召喚できなかったんです。悪魔を呼び出して無事に契約できなければ、魔術師としては認められません。あたしは周囲から見放されて、この学校に来たんです……」

「周りに自分を認めさせるために、ルシファー召喚を?」

「そうです。……まだ諦めたくないと思ったんです。地獄の支配者であるルシファーを召喚できれば、あたしの道も拓けるかもしれないって。荊原さんがここで召喚できたなら、あたしにもできるんじゃないかって」


 すん、と鼻をすすったノアは顔を上向けた。濡れた青い瞳をきらりと輝かせ、少女は儚げに微笑む。


「だけど、やっぱりダメですね。あたしは、荊原さんのようにはいきません。何の知識もない荊原さんがこんな場所で、簡易魔法円でレメゲトンの悪魔を召喚できたのに、あたしには地獄への門を開くこともできないんです」

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