四章 戦闘訓練には摸擬弾を用意するべきでは? ①
未遂で終わったとはいえ、あんなことがあった紫は一週間ほど引きこもっていた。
ほとんど部屋から出てこない紫に代わり、おつかいを命じられるのは俺である。紫のメモ書き通りに東友で食料品や日用品を買うのだが、
・卵
と端的に書かれているのを見たときは、どうしようかと思った。
ここで「いやー卵なかったよ。イルミナティの妨害パネぇわ。ということで魂もらうよ」と言うのは簡単である。むしろ、悪魔としてはそうするべきなのだろう。弱ったマスターにつけ込むのは悪魔の常套手段である。しかし、
塞ぎ込んだ紫の様子を思い出した俺は、卵売り場の前で暗澹たるため息をついた。
また俺は罪悪感に苛まされて魂を持ち帰るのか?
前回、召喚されたときを思い返す。
十年前、死にかけの魔術師に呼び出された俺は、やってはいけないことをした。契約もせず人間の魂を奪ったのだ。
地獄の法では、契約の対価として契約者、及び生贄の魂を奪うことが認められている。それ以外の理由で――例えばたまたま通りかかった人間の魂を取るなどというのは、認められていない。もし地獄の監察官にバレたら半殺しにされる。
動機は単純だった。ポイントに困っていた。その術師の命が風前の灯火だったことも、俺の背中を押した。どうせ消える命だ。俺のポイントにしてやろう。
だが、やってすぐ後悔した。まずその場で嘔吐。地獄に帰ってからも一年くらい吐き気が止まらず、摂食障害になった。
今はもうほとんど症状改善しているが、まだ積極的に食事をする気にはなれない。
悪魔の人生は長い。娯楽の一つである食事を奪われたことは痛手だった。
卵のパックを見つめながら物思いに沈んでいると、誰かが横に立った。
エプロンをかけたスーパーのおばちゃんだった。おばちゃんは俺を見て威勢のいい声をかける。
「今だけのタイムセール! 出血大サービスだよ! 最近、夜になると一時、卵がなくなっちゃう怪現象があってね、買うんだったら今だよ!」
怪現象の原因が俺のポケットで蠢いた。促されてしまった俺は、それを無下に断れず卵を手に取った。カゴに入れる。
「はい、まいどあり!」
……ひとまずこれで卵戦争は終戦である。
***
「長らく待たせたわね! わたしは完全復活を果たしたわ! ここに紫の薔薇十字会の活動を再開する!」
秘密結社本部で、紫は一週間ぶりに集まったメンバー――ノア、合戦峯、俺へ高らかに宣言した。
ちなみに教室はもう、教室でしかなくなっている。ベリアルの持ち込んだ盗品は、一週間のうちに俺が綺麗さっぱり返してきた。あのときの名残は欠片もなく、コの字に並べられた机の議長席で紫は前と変わらない不敵な笑みを浮かべている。
「荊原さん、大丈夫なんですか……? 秘密結社を始めたら、また悪魔がやってくるかもしれませんよ……?」
心配そうに訊いたのはノアだ。ベリアルの一件で怖くなるのは無理もないだろう。
「平気よ。二十一世紀最大の魔術師のわたしは決してイルミナティに屈しないわ。彼らが悪魔を投入してきたのは初めてだったから、動転しちゃったけどね」
ノアがぱちぱちと目を瞬かせた。紫がノアの様子に首を傾げる。
「どうしたの?」
「荊原さん、どうしてベリアルとイルミナティに関係があると……?」
「そんなの、悪の秘密結社イルミナティがわたしを狙っているからに決まっているじゃない。ベリアルは刺客だったのよ!」
はいはい、中二病乙。
イスにもたれて視線を明後日の方向へ投げていると、紫がじろっとこっちを見た。
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