三章 ⑮紫の出自

「まったく、馬鹿らしいな。イルミナティ日本支部の元会長の一人娘とソロモン七十二柱の監視が任務だと聞いたときには、慄然としたが、おまえらがこれでは拍子抜けもいいところだ」

「……へ?」


 合戦峯の言葉に俺は間抜けな声を洩らしていた。

 イルミナティ日本支部の元会長の一人娘? 誰それ? ていうか、それ以前に……。


「えーっとさ、イルミナティって、紫の妄想じゃないの?」

「んなわけあるかっ! おまえ、悪魔のくせに秘密結社イルミナティを知らないのか?」


 合戦峯の隣では、ノアもびっくりした目で俺を見ている。

 そんなにイルミナティって有名なの? それもう秘密結社じゃなくね?


「イルミナティは実在する秘密結社だ。世界八十三ヵ国に支部があり、魔術師の集まりとしては世界最大規模を誇る。その目的は、すべての悪魔を支配下に置き、悪魔の力で世界を支配することだ」

「似たようなことを、なんか最近、どっかで聞いた覚えあるよ……?」

「セルシアが言ったんだろう。だが、セルシアと違って、イルミナティは本気だ。奴らは国際的に影響力を持ち、政治に口を出してくる。悪魔の超常的な力を笠に着た奴らを、各国政府は蔑ろにできない。内閣府が極秘裏に我々のような部隊を抱え、魔術師の監視をさせているのは、そういう理由だ」


「真理須くん、イルミナティの魔術師に召喚されたことがないんですか? イルミナティは全部の悪魔を支配したいって言っているのに……」


 俺だけハブられてる? え、そういうこと?


「能力がそれでは、イルミナティの連中が欲しがらなくて当然だろう。……おまえも不憫な奴だな。職能が悪魔らしくないばかりに……」


 合戦峯にまで憐れまれた。同情するなら魂をくれ。


「で、イルミナティ日本支部の元会長の娘って……?」

「セルシアのことだ。おまえ、何も知らずに彼女と契約したのか?」


 半目で見られ、うっと俺は呻いた。契約しないとリストラだった、なんて言えない。


「今から十年前の話だ。この山下高校の理事長であり、イルミナティ日本支部の会長であったセルシアの父親は、組織の内部抗争に巻き込まれ命を落とした。その忘れ形見がセルシア、もとい荊原紫だ。

 彼女は家族に恵まれない。母親はセルシアが幼い頃に家を出ている。父親と死別した後、中学までは親類の家に居候していたが、あまり環境がよいとは言えなかった。そして、高校入学を機に彼女は父親と暮らしていた元の家へ戻っている」


 ああ、と俺は声を洩らしていた。

 一人暮らしの背景にそんな過去があったなんて知らなかった。

 だって、紫は自分の境遇を嘆くようなことは一切、言わないのだ。


「超常現象対策本部では、おまえが召喚される遥か昔からセルシアを要注意人物としてマークしていた。あの世紀の魔術師発言は、父親を亡くしてから始まっている。つい最近まで我々は、身内を立て続けに失ったショックによる妄言だと捉えていた。なんせ一夜明けたら、親がいなくなっているという経験を彼女は二度したんだ。しかも、父親のほうは惨い死体だったんだからな。トラウマになってもおかしくない」



『ほんとに、ずっと傍にいてくれるの?』



 そう訊いた少女の気持ちが、ようやく実体をもって理解できた。

 それに俺は、何て答えた――?


「だが、セルシアがおまえを召喚したことで状況は変わった。彼女は確かに魔術師だった。彼女の妄言は周囲を欺くためでは、と言われている。わざと魔術師にあるまじき発言をすることで、自らの力を隠しているのではないか、と……」

「考えすぎだろ。あの中二発言にそんな深い意味があってたまるか。大体にして、紫は本当に魔術師としては素人だぞ。俺はいまだかつて、あんなひどい召喚術で呼び出されたことはない」


「では、何故、そんなひどい召喚術でおまえは召喚された? おまえは召喚が難しいとされるソロモン七十二柱だろう?」

「それは……」



「素人がおまえを召喚できた。それは、その素人がとんでもない才能に満ちていたから。そう結論付けることはできなかったのか?」



 虚を衝かれた。

 馬鹿な。あの中二病が本当に二十一世紀最大の魔術師? ……待て。落ち着け俺。それはないだろ。


「……偶然だ。運命の悪戯だ。じゃなきゃ、奇跡だ」


 呆然と言った俺に、合戦峯は「どうだかな」と目線を宙へ投げる。


「それを見極めるのが私の任務だ。ふざけたことをしているように見せて、彼女は実は周到な計算をしているのかもしれない。能ある鷹は爪を隠すようにな」

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