三章 ⑪共謀

「どうしたんですか、荊原さん! 教室が豪華になってますよ!」と目を輝かせながら入ってきたのはノアで、合戦峯は部屋に入るなり絶句していた。居心地悪そうに佇んだまま、中央のソファでふんぞり返る紫へ不安げな眼差しを向ける。


「セルシア、これはいささかやりすぎではないか」

「何が? せっかくベリアルが用意してくれたんだからいいじゃない」


 紫はすっかりこの内装が気に入ったようで、満足げに部屋を見渡して頷いている。そんな紫に合戦峯は眉をひそめ、紫に寄り添うように座るベリアルへ鋭い視線を投げた。


「ベリアル、貴様、何を企んでいる?」

「わたくしは稀代の魔術師に誠心誠意お仕えしたいだけですよ。それが悪魔の歓びというもの」

「百点満点の模範解答だな。で、昨日、おかしな術を使って私たちを追い払った後、おまえとアンドロマリウスが何を話していたのか、教えてもらおうか」


 言うなり、合戦峯は銃を抜いた。紫が慌ててベリアルを庇うように両手を広げる。


「ちょっと、咲羅先輩、やめてよ。ベリアルは本当にわたしに仕えたくて来たんだから」

「どうしてそんなことが言い切れる? そいつとは契約書を交わしていないのだろう? 契約していない悪魔を傍に置くなど、手綱をつけていない馬に乗るのと同じだ。振り落とされたら、怪我じゃ済まないぞ」

「咲羅先輩は心配しすぎなのよ。ベリアルに誠意がある証拠が、この部屋よ。仕える気がなかったら、これだけのことはしてくれないわ」

「それが危ないと言っているんだ! 悪魔がタダで働くはずがない! 何か魂胆があるのだろう。……おい、アンドロマリウス。ベリアルが答えないなら、おまえに訊くまでだ。おまえらは何を企んでいる?」


 部屋の隅で佇む俺へ銃口が向けられた。残念なことに、今日は盾にするものがない。


「……何も」


 答えるや否や、俺の額に銃弾が吸い込まれた。

 頭が爆発したような衝撃に、口から悲鳴が迸る。


「真理須……!」

「ご安心を。わたくしたち悪魔は不死身ですから」


 弾かれたように立ち上がった紫の腕をベリアルが引き、ソファに留める。ちゃっかり肩を抱き寄せるベリアルにイラついたが、激痛で俺は文句も言えなかった。


「さあ、吐け。それとも溶かされて地獄へ帰りたいか?」


 膝をつき額を押さえていると、銃口が頭へ押し当てられた。覚悟を決めて歯を食い縛る。

 と、そこで思いがけない声が割り込んだ。


「やめてください、合戦峯先輩。真理須くんいじめたら可哀そうですよ」


 物理攻撃ではなく、精神攻撃をモロに食らった。

 何これ、新兵器? 心が痛いよ! 人間の女の子に、いじめられっ子扱いされる悪魔の俺って一体……。


「真理須くん、平気ですか? ソファで横になりますか?」


 悪気なくKOを決めたノアは、傍らに来て俺を覗き込む。

 愛らしい顔が間近で俺を心配そうに見つめている。せっかくだったが、俺は「いや……」と首を横に振りかけた。そもそもこの部屋、俺の職能に反する盗品ばかりだから気持ち悪いのだ。盗品のソファに横になるとか余計具合悪くなる……と考え、


「……膝枕してくれるなら」

「ノア、真理須もう平気そうだから相手にしなくていいわ」


 ちっ。悪魔の邪魔が入った。


「それより、ベリアルが仲間になったからにはもうイルミナティの妨害なんて怖くないわ。メンバー集めを再開するわよ! ベリアル、秘密結社のメンバーを増やすことはできる?」

「お任せください。どのような人材をお望みでしょう?」

「そうね、とりあえず学校内で探したいわ。細かい条件はないけど、魔術師だと嬉しいわね。人数は、十人までいくと多すぎかしら」


 ソファに身体を預けて考え込む紫に、ベリアルは笑みを深くした。頤に手を添え、少女の顔を持ち上げる。おい、まさか、こんなギャラリーがいるとこでそんなベタな真似はしないよな。


「――十人と言わず百人でも二百人でも。お望みなら、この学校の人間全てをマスターの前に跪かせてご覧にいれましょう」


 紫の目が見開かれた。至近距離でベリアルを見つめること数秒、ハラハラしている俺へ紫は目線を投げる。


「聞いた、真理須?」

「ああ、聞いた。とんでもないう……」


 嘘八百を、と言おうとした瞬間、飛んできた革靴に顔面を強打され、俺はのけ反った。鼻の奥がツーンとする。


「悪いね、マリウス。脚を組み替えたら飛んでしまったよ。取ってくれるかい」

「…………てっめえ、いけしゃあしゃあと……!」


 革靴を顔面狙いで力いっぱい投げ返すと、余裕の笑みを浮かべたベリアルは軌道を予測していたかのようにキャッチする。その横で紫は瞳をキラキラとさせていた。


「さすが悪魔だわ……やっぱ悪魔はこうでなくっちゃ! 真理須も見習いなさいよね!」


 はあ、と鼻血を拭った俺は、それ以上口を開くのをやめた。

 ベリアルの邪魔をしても仕方がない。これを頼んだのは、他でもない俺自身なのだから。

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