三章 ⑧近況報告
ベリアルの注文を通したところで、俺は店長に頼んでバイトを上がらせてもらった。バイトしながらではさすがに長い時間ゆっくりと話せない。久しぶりに会った友人と腰を落ち着けて近況報告とかしたかった。
ジョナクンの制服から高校の制服に着替えた俺は、俺のツケとなったステーキ(ジョナクンで一番高いメニュー!)を食すベリアルの向かいに座る。
レオンをテーブルに置き、俺は改めてベリアルを観察した。
さすがは、天界で二番目に美しかった元天使である(ちなみに一番はルシファー)。神々しさすら覚える美貌は悪魔になっても変わらず、また、胸元から覗く深い谷間は……。
「マリウスのエッチ。胸ばっか見てる」
いや、今、一瞬、目に入っただけだよ!? と釈明する前に、隣のテーブルから刺々しい視線を感じた。
「ふん、最初に破壊したのが、私のボタンだったくらいだからな。これだから悪魔は下劣な……」
「やっぱり、たまに真理須くんの視線を感じていたのは、あたしの気のせいじゃなかったんですね……」
コソコソと話す合戦峯とノア。いろいろと釈明したいんだけど!
さらにジョナクンではカカシと化しているはずの紫が近付いてくる。
「ご自由にお使いください」
霧吹きがテーブルのベリアル側にドン、と置かれた。
「使わないから! そんな気遣いいらない! その前に俺にお冷やを持ってくるとか、他に店員としてやることあるでしょ!?」
霧吹きを押し返すと、少女の唇が酷薄そうに歪められる。
素直にグラスを持ってきた紫は、おもむろに霧吹きの蓋を開けた。中身をこぽこぽとグラスに注ぎ、俺の前へと滑らせる。
「お冷やになります」
「……殺す気か」
霧吹きの中身を知らないベリアルだけが小首を傾げる中、紫はカカシへ戻っていく。それを見送った俺はほっと息をつき、ベリアルを睨んだ。
「おい、おまえ、なんで女の格好してんだよ」
誤解がないように言っておくと、ベリアルは女装をしているわけではない。こいつは身体が二つあるのだ。女の身体と男の身体で容姿から声、仕草、性格まで別人のように違う。唯一、共通しているのは深紅の瞳くらいか。
ベリアルの艶やかな唇が弧を描いた。ナイフで切ったステーキを、さっきから食べたそうにしているレオンの口へ運ぶ。
「それはぁ、久しぶりに会ったマリウスへのサービス?」
「何故に疑問形。そんなサービスいらん」
「さっきはエッチな目で見てたくせに……」
「違げえよ! もう頼むから男になってくれ。俺が落ち着かん」
ぷい、と顔を背けた俺に、しょうがないなぁとベリアルが言った。
次の瞬間、俺の向かいには見事なブロンドの美青年が座っていた。隣のテーブルにいる二人がビクっとなる。無理もない。慣れている俺でさえ、替わるところは目視できないのだから。
周囲の驚愕をよそに、どこの中世貴族ですか? と訊きたくなるような装飾の多い衣装に身を包んだ青年は、ムカつくほど美形な顔に嘲笑を浮かべる。
「ほんっと相変わらずだね、マリウス。悪魔なのに女性に免疫ないとか、恥ずかしいと思ったほうがいいよ。あと、四千年童貞も」
「なっ、ばっ、そんなことさらっと暴露してんじゃねえ!」
今、俺の周りにすげー分厚い壁ができたよ……? 完全ドン引かれてんだけど。ちょっと俺に弁解させてくれ。だって、まず悪魔業界は男性比率めっちゃ高いし、正義という職能上、俺は人間に無理やりそういうことできないし……。
「今度、合コン行かない? 来週なんだけど、人数集まってなくてさ。相手は地上勤務の天界女子だから、可愛い子多いよ」
「だが、断る。おまえの合コンで楽しかったことが一度もない」
「そんな女子に相手にされないマリウスを二次会でネタにするのが楽しいんじゃん」
「おまえはな! てか、俺、勝手にネタにされてたのかよ!」
くつくつと笑いながらベリアルは赤ワイン(これも俺のツケ)のグラスに口を付ける。ファミレスで安ワイン飲んでるだけなのに、なんでこいつ、こんなカッコいいの?
「残念。マリウスもパスかあ。あと声かけてないの、ベルゼブブくらいなんだよね。あいつ、最近、営業成績がいいからって威張り散らしててさ、誘いたくないんだけど」
ああ、と俺は、怒鳴られたことを思い返して顔をしかめた。
「ここ数十年、ポイント獲得数はベルゼブブが断トツだもんな……」
「へえ、昇進争いに関係なさそうなマリウスが他人の成績を把握していたとは、意外だね」
「地獄にいりゃ、放送で嫌でも把握できちまうんだよ」
「なら、ベルゼブブが七君主という地位に飽き足らず、ルシファーを倒して地獄のトップへ就こうとしている噂も知ってるかい?」
俺はベリアルの顔を見つめた。
「……マジか」
「噂だけどね。そのために成績上げるのに必死らしいよ。七君主といっても、やっぱりまだ重要な権限はルシファーが全部握ってるからさ。人事の最終決定権とか、恐ろしい監察官の任命権とか、そこら辺を牛耳らないと地獄の支配者とは言えないもんねえ」
ごくり、と唾を飲み込んでいた。無意識にお冷やに口を付ける。
瞬間、吹いた。しまった、忘れてた! これ、聖水じゃん!
身悶える俺に、ベリアルが「何やってるのさ……」と呆れ顔になる。ベリアルのお冷やを奪って落ち着いた俺は、一言こいつに言わないといけないことがあるのを思い出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます