三章 ⑦あくまで友達

『俺と彼女の卵戦争』

 その日から、俺のスレは戦況報告スレになった。


 紫が俺の盲点を突き、翌日、レオンに呑み込ませる品物が増える。その繰り返しだ。だが、早くも三日目に頼みの綱であったレオンが音を上げた。呑み込む品数が多すぎるのだ。

 いっそのこと東友ごと呑ませちゃおうかな……と俺が血迷い始めた頃、転機は訪れた。


「ほら、真理須。お客さん来てるわよ」


 ゴールデンウイークも間近に迫ったファミレス。相変わらず指導しかしない紫に促され、俺はテーブルの片付けを中断し、ジョナクンの入り口へ小走りで向かう。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


 バイトもこなせば慣れるものである。単独の女性客に営業スマイルを浮かべ声をかけた俺は、推定二十歳くらいの彼女を見るなり固まった。向こうも俺に気付いたようで、宝玉のような紅い瞳が数回瞬き、見開かれる。


「いやーん、マリウス、会いたかったぁー!」


 駆け寄った女性客が俺に抱きついてくる。いきなりのことでそれを避けることもできず、細い腕が俺の首にきつく回された。ミルクティー色の巻き髪が頬をくすぐり、バニラのような甘ったるい香りが鼻腔を満たす。


「………………誰?」


 身体に押し当てられた柔らかい感触にぼーっとなっていると、背後にルシファーにも劣らない威圧感を覚えた。

 それに女性客も気付いたのか腕を解く。俺の背後に立つ霧吹きを持った小ルシファーを認め、それから彼女は男なら誰もがくらりとくる美貌で俺を見上げた。


「マリウスと地上で会うのって百年ぶりくらいじゃない? 契約取ったなら連絡してよぉ」

「……ベリアル」


 呻くように声を出した俺に、邪淫王は蠱惑的な笑みを返す。と、いきなり背中をものすごい力で引っ張られた。

 え、あ、ちょ……。

 強引に後ろ向きに歩かされた俺は、薄暗いスタッフ専用ゾーンに引きずり込まれた。え、何、これからリンチでも始まるの?

 ビクビクする俺の襟首を掴み、紫は耳元に口を寄せてくる。


「ベリアルって、わたしが召喚しようとしてた悪魔じゃない! 真理須、絶対ゲットするわよ。わたしが聖水攻撃で『ひんし』の一歩手前にするから、あんたは何でもいいから状態変化させて」


 紫の目がマジだった。


「ヤメロ。悪魔はボールでゲットできるモンスターじゃねえ。魔法円から召喚して契約書を交わさないと、おまえの仲間にならんぞ」

「はあ? 何そのルール。それより、あんたとベリアルって、知り合いだったの?」

「知り合いっつーか、普通に仲良いよ。一緒に飯食ったり、遊びに行ったりもするし」

「なっ、何それ!? それじゃ、まるで……カノジョみたいじゃない……」


 襟首を握る手がキツくなった。アイスピックみたいに鋭くなった目線が、俺に刺さる。


「ないない、あいつがカノジョとかマジないから。友達だよ。あくまで友達」


 うまいこと言ったなんて思ってないよ。

 手をヒラヒラと振って言うが、紫は俺をじっと見つめるだけで、軽口にも反応しなかった。あれ、気付きにくかったかな?

 とりあえず、客をいつまでも完全放置しておくわけにはいかないので、俺はベリアルの元へ戻った。ノアと合戦峯の隣、隅っこの席へ案内する。てか、この二人は毎度毎度、俺たちのバイトについてくるんだけど。紫はこのジョナクンにどんだけ貢献してるんだよ。


「もうびっくりしちゃったぁ。マリウスが地上で高校生やってファミレスでバイトしてるんだもん。ねえ、タダ働きのバイトって楽しい?」


 楽しいわけねえだろ。

 テーブルに着くなり無邪気に問うてきたベリアルに、俺は「ご注文が決まりましたらボタンでお知らせください」という定型文を言うのも忘れ、頬がヒクッとなるのを自覚した。ていうか、そもそも……。


「何でそんなこと知ってんだよ。俺、誰にもそんな話してないのに……」

「え、だってこれ、マリウスのスレでしょ?」


 スマホで見覚えしかないスレを出され、俺はぽかんと口を開けた。


「特定されないと思った? スペックとかやってること見れば、マリウスだってバレバレだよ……? あと、高校の特徴とか、使っている路線とかで場所もわかったし」


 ネット社会、こえぇ……。

 戦慄を覚えた俺にベリアルは「マリウス、せっかくだしなんか奢ってほしいなぁ?」と甘えた声でおねだりしてくる。

 ……はあ。リストラ寸前の俺に奢れとか、おまえは悪魔か。

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