三章 ⑤信頼
それから合戦峯も加わり、秘密結社メンバー全員で教室の原状回復を終えた頃には、空は茜色に染まっていた。
「腹立たしいわね。週の始めは定例会議と決まっているのに、会議の時間がなくなっちゃったじゃない」
綺麗になった教室で腕を組み、紫は言う。
定例も何も、会議自体初めてだろ。それとも、おまえは一人定例会議でもしてたのか?
呆れた俺は、ふと頬に視線を感じた。合戦峯が俺を睨みつけている。
「まったくだな。こんなわかりやすい悪戯を仕掛けられるとは、ナメられたものだ。なあ、アンドロマリウス」
やはり、こいつは俺を疑ってくるか。ま、確かに俺が仕組んだんだけどね。
話を振られた俺は飄々と肩を竦めた。
「そうっすね。同じ掃除をさせられた一員として、犯人に殺意を覚えるのはわかりますよ、合戦峯先輩」
先輩の部分を強調して言うと、合戦峯は心底嫌そうに顔を歪めた。
「悪魔の後輩を持った覚えはない。とぼけるな、悪魔め。おまえがやったんだろう。白々しい」
「随分な自信だが、証拠はあるのか? ペットボトルに俺の指紋でも見つかったか?」
「犯行の動機を考えれば、おまえしかいない。あの聖水が失われて利益になるのは貴様だけだ。他に誰が得をする?」
「はいはい、そこまで」
紫が手をパンパンと叩いた。合戦峯が不服そうな顔になる。
「セルシア、おまえだってわかっているはずだ。聖水を疎ましく思っていたのは、この悪魔しかいないことを……」
「真理須なわけないじゃない」
キョトンとして紫は言った。
「ノア、隣の席にいたんだからわかるでしょ? 真理須が教室を空けたときはあった?」
いきなり問われたノアは身体を一つ震わせ、次いで首を横に振った。
「……真理須くんはずっと教室にいました。でも……」
「ほらね、真理須は今日一日ずっとわたしの護衛として教室にいたのよ。それなのに、ここに来て聖水をばら撒けるはずがないわ」
「セルシア、悪魔にアリバイなど意味をなさない。悪魔には使い魔など、自分の身代わりに働くものがいる。それに、人間を操る能力を持つ奴だっているんだ。アリバイがあるからこいつは無実だと、言い切ることはできない」
合戦峯の言葉に、ノアも浮かない顔で頷いている。
二人の主張はもっともで、実際、俺はレオンに聖水処分を頼んだ。アリバイというより、俺の職能に反するからな。聖水をぶちまけると同時に俺もリバースしてしまう。汚れ役はレオンの担当なのだ。
「言ったはずだ、アンドロマリウス。おまえがセルシアに反逆するのなら、容赦はしないとな。今日こそ貴様を地獄に帰してやろう」
合戦峯が太腿のホルスターから拳銃を抜く。咄嗟に俺は教卓へ逃げ込もうとして、
「――やめてってば!」
一喝に動きを止めた。
教室の隅で、レオンと一緒に成り行きを見守っていたノアが瞬きをした。
合戦峯と俺は臨戦態勢に入ったまま、目だけを紫へ向ける。
教室の時を止めた紫は、俺をじっと見た。真っ直ぐで純粋な眼差しが俺を貫く。
「……真理須がやったんじゃないわ。どうしてわたしを護衛している真理須が、こんなことするのよ。わたしは真理須を信じる」
ぐらり、と床が傾いたような錯覚がした。
痛い。あまりに痛すぎる。良心の呵責って奴だ。こんな思いをするくらいなら、銃で撃たれたほうがマシだった。
唇を噛んで静寂に耐えていると、
「……その悪魔が犯人でないなら、一体誰が……?」
バツが悪そうに合戦峯が口火を切った。それに紫が不敵な笑みを零す。
「そんなの決まってるじゃない。悪の秘密結社イルミナティの仕業よ!」
……またそれか。
炸裂したいつもの中二発言に、俺はそっと安堵の息をつく。あれ以上、沈黙が続いたら危なかった。うっかり「ゴメンナサイ」って言っちゃいそう。俺、悪いことできない悪魔だからさ……。
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