三章 ③搾取

「あー疲れた。労働ってほんと心身を疲弊させるわね」

「……おまえが今日どんな労働をしたのか、俺に説明してもらいたいもんだな」


 ジョナクンからの帰り道。高校生が働ける二十二時までバイトをした俺たちは夜道を歩いていた。新月の夜だ。街灯だけが閑静な住宅街を照らしていて、時折くたびれたサラリーマンが俺たちを追い抜かしていく。


「何言ってるの。あんたが一人前のファミレス店員になれるよう、ちゃんと指導をしてあげたじゃない。指導もれっきとした労働よ」


 そんな指導はいらん! とばかりに俺は隣を歩く紫を睨みつける。

 ジョナクンで紫はウエイトレスらしいことを一切せず、全部俺に押しつけた。席の案内から注文を取り、食事を運び、片付け、レジ打ちまで。紫は客席がよく見えるところからカカシみたいに突っ立って口出しをしていただけで、何もしていない。


「おまえ、これまではどうしてたんだよ。まさか今日みたいに立っていただけじゃないだろ?」

「あれがわたしの基本スタイルよ。代わりに他のバイトが動いていたわ」


 マジかよ、と俺は呻いた。ゲームしてる門番やカカシのファミレス店員が解雇されないなら、リストラされそうな俺って何なんだろ……。


「よくそれでクビにならないな。おまえの人件費、無駄じゃないか」

「無駄じゃないわ。むしろ、わたしが一番、あの店に利益をもたらしているのよ」

「すまん、俺には意味がさっぱりだ」

「真理須、わたしはイルミナティに狙われている二十一世紀最大の魔術師よ。わたしを目当てにたくさんの刺客がジョナクンを訪れているのよ。気付かなかった? わたしの様子を窺う刺客たちの視線に」


 はっとした俺に、紫は「ようやく理解したようね」と不敵な微笑を浮かべる。


「店長曰く、わたしがバイトの日にはお客さんが三割増しになるそうよ。でも、さすがにイルミナティも人目のあるところで、表立った襲撃はできないようね。ジョナクンでは地味な攻め方しかしてこないわ」

「地味な攻め方……?」

「手紙よ。暗号になっているのか、とても気持ち悪い内容だったからすぐ捨てたけど」


 中二病にラブレターを送った勇者に心から同情した。


「イルミナティは大体、手紙で接触を図ってくるわ。電車で手渡してきたり、下駄箱の中に入っていたり、家のポストにも入っていたわね。高校に入ってすぐの頃は、わたしを校舎裏に呼び出そうとした刺客もいたわ。まったく、二十一世紀最大の魔術師がそんな手に引っかかると思っているなんて、ちゃんちゃらおかしいわよね」


 刺客だと思っているおまえのほうが、よっぽどおかしいよ。


「あ、ちょっとここ寄るわよ」


 家まであと五分というところで、二十四時間営業のスーパー東友へ入る。コンビニも近くにない住宅街では、そこだけが煌々と明るかった。

 召喚された初日も来たが、どうやら紫はいつもここで食料品や日用品を買っているようだ。迷うことなく広い店内を歩き、安売りになった惣菜とかを俺に持たせたカゴへ入れていく。その中にパックの卵も入った。苦々しく思う俺の胸中など知らずに紫は会計を済ませ、ビニール袋を俺に預けて帰途に着く。


「はい、これ今日の分ね」


 寝る間際、紫が俺の部屋へ来て卵を手渡した。昨日と寸分違わぬ白い鶏卵。

 ため息を堪える俺に、紫は晴れ晴れとした表情で言う。


「とりあえず今日はあんたのバイトが決まってよかったわ。これで生活費その他も回収できるしね」

「……生活費?」


 あれ? 俺、パソコン買うために働いてるんじゃなかったっけ? パソコン購入という大義のために悪魔のプライドを手放した記憶が……。


「あんた、現代日本でお金を使わずに生活できると思ったら大間違いよ。学費に家賃、光熱費、水道代、卵代……」

「卵代!?」


 なんで対価の代金を自分が出すことになっているんだろう。おかしい。絶対おかしい。


「てか、学校に行くこともこの家に住むのも、おまえが決めたことだろ。なんで、俺がカネを払わないといけないんだ」

「必要経費って言葉を知らないの? あんたがわたしを護衛するには、ここで生活するための資金がいるでしょ。銀行口座持ってないあんたは手渡しで給料もらえるはずだから、毎月それ渡しなさいよね。誤魔化そうとしても、給与明細見ればわかるから」

「なっ、ちょっと待て。おまえがいくら徴収するつもりか知らんが、高校生のバイトなんか金額たかがしれてるだろ! そこから家賃とか引かれたら……」

「そうよ。実質的にあんたが働いた分はわたしのもの。下僕が働いて主にそれを納めるのは当然のことでしょ? 本来なら、仕えてるあんたがわたしの分までバイトして、わたしに楽をさせるのが筋じゃなくて?」


 どこの奴隷制度だ、とツッコむのも忘れて、俺は唖然と紫を見つめた。

 こいつ、本当に正体は悪魔なんじゃないのか……?


「だって……働いて、パソコン買えって……」と震え声の俺に、紫は憐れんだ目になる。

「心配しなくても、少しは残しといてあげるわよ。それを貯めて買えばいいでしょ」


 そういうことだから、と俺の部屋のドアはバタンと閉められた。

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