三章 ②バイト

 学校のときと同じで紫の根回しは完璧だった。店長と待遇やシフトについて話をしただけで、俺はその日から働くことになった。


「無事に面接を通ったようね。それでこそ、わたしの護衛だわ」


 早速ジョナクンの制服に着替えてフロアに出ると、レジの近くに立っている紫が俺を見て満足げに頷いた。


「誰かさんの素晴らしく周到な根回しのおかげで」

「やっとわたしの偉大さがわかってきたようね。もっと賞賛してくれてもいいのよ」


 褒めてねえよ、皮肉だよ。

 俺の頬がぴくっと動いたことに気付かず、紫はハンディ(注文を取る機械)を差し出した。

「まずは、窓際のテーブルにいる二人組のお客さんに呼ばれてるから注文取ってきて」

 渋々それを受け取り、指示されたテーブルへ行くと、


「なんでおまえらがいるんだよっ!?」


 思わず叫んだ。

 二人組はノアと合戦峯だった。驚く俺にノアが曖昧な笑みを浮かべ、合戦峯が眼鏡をくいっと持ち上げる。


「なんだ、私たちがジョナクンにいてはいけないのか? それとも、私たちがいたらおまえにとって何か不都合なことでも?」

「いや、そんなことはないけどさ……」


 しどろもどろになる俺へ、ノアが可愛らしく両手を合わせる。


「ごめんね、真理須くん。バイトの邪魔しちゃって。荊原さんがバイトしてるのが気になっちゃって……」


 あー確かにあの中二病が社会で通用するのかどうか、気にはなるよな。納得した俺は「ご注文をお伺いします」と仕事モードに入る。


「あ、あたし、チョコバナナパフェで。……でも、なんで真理須くんも働いてるの? 真理須くん、悪魔だからお金持ってるでしょ?」


 ハンディを操作する手が止まった。



「…………………………ほら、護衛とバイト、両方すると一石二鳥だろ」

「なんだ今の間は」


 合戦峯が胡乱げな顔になる。


「悪魔が人間のバイトなどに身をやつすからには、何か魂胆があるのだろう。隠しても無駄だぞ、アンドロマリウス。おまえがセルシアに反逆する機会を窺っているのは明らかだ」

「勝手に決めつけんなよ。第一、俺が紫に逆らえるわけがないだろ? 契約中、悪魔はマスターに手は出せない決まりだ」

「ふん、なんとも悪魔らしい『偽りではないが、正しくもない』言い草だな。直接、攻撃したり術をかけられないだけだろう。間接的にマスターを追い詰めることはできるはずだ。古今東西、何人もの魔術師が自らの契約した悪魔に騙されて命を落としている」


 俺は思わず眉をひそめていた。

 合戦峯の言っていることは、正しい。マスターの寝首をかこうとする奴は確かに存在する。理由の大半は、契約満了まで待てないからだ。

 地獄の法では、人間との契約は通常、三年からと定められていて、それより短いと不当契約扱いになる。だから、魂が早く欲しい悪魔は、とりあえず三年で契約してマスターを追い込むのだ。


「悪魔とは元来、人類の敵。何か悪さをする前に、おまえを早急に地獄へ帰したいところだが、セルシアの意向だ。反逆の意が見えない限りは、地獄送りは勘弁してやろう」


 合戦峯が脚を組み直した拍子に、太腿に隠してあるホルスターが見えた。メンドくせえ奴がメンバーになっちゃったな、と思ったところで、


「何もたもたしてるのよ、真理須! 他のテーブルからも呼び出しかかってるわよ!」


 紫の叱責が飛んだ。他のテーブルにはおまえが行ってくれよ。


「……で、注文は?」


 愛想の欠片もない口調になった。「イタリア産ティラミス」と合戦峯が迷いなく答えたのを聞き、俺はすぐさま違うテーブルへ向かう。

 ちなみに、ティラミスがジョナクンのメニューにないと俺が知ったのは、ティラミスを表示しないハンディ相手に十分以上格闘した後のことである。

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