二章 ⑪宣言

「このエロ悪魔! 目を離すとすぐ女子に手を出すんだから! しかも、金髪巨乳童顔の次は眼鏡巨乳先輩って節操なさすぎでしょ!? 女の子だったら誰でもいいわけ!?  今度、女子にヘンなことしてみなさい。聖水で半身浴してもらうからね!」


 仁王立ちする紫の前で、俺は床に正座させられていた。レオンは紫の上履きの下で、抜け出そうともがいている。腕を組み、腐ったキュウリを見るような目を向けてくる黒髪微乳中二病をちらっと見上げ、俺は名誉をかけて抗弁する。


「節操がないとは失礼な。ちゃんと共通項あるじゃないか。同じ女子高生だし、二人共、巨……」


 シュシュシュシュ――――。

 ぎゃあ、と悲鳴を上げて俺は突っ伏した。


「……悪魔の尊厳に誓って下心はありませんでした。ボタンが飛んだのは故意ではなく、不慮の事故で……!」

「本当かどうか怪しいものね」


 冷や水のような声音で言った紫は、土下座状態の俺から合戦峯へと視線を移した。


「せっかく応募してきてくれたのに、ごめんなさいね。えーっと、二年一組、合戦峯咲羅先輩。このエロ悪魔にはよーく言って聞かせるから、許してくれないかしら」


 さっき合戦峯に書いてもらった入会希望者用紙(という名のただのルーズリーフ)を見ながら紫が困ったように言う。と、足が上がった拍子に解放されたレオンがすごい勢いでノアの元へと逃げていった。


「応募……?」

「これを見て来てくれたのよね? 紫の薔薇十字会のメンバー募集」


 紫が貼り紙を見せる。それをたっぷり十秒は凝視した合戦峯は、紫、俺、ノアと順番に見回した。


「……まさか、本当にこんなところで秘密結社を……!?」

「ふふ、そうよ。そして、あなたが栄えある四人目のメンバー。新しい仲間を歓迎するわ」


 合戦峯が絶句した。

 そりゃ、びっくりするよな。勝手にメンバーにされちまったら。


「……紫。その合戦峯さんはだな、応募を見て来たわけじゃなく、やたら名前の長い組織に所属していて……」

「内閣府直属、超常現象対策本部対悪魔特殊部隊、略してSADTだ」


 そう、それ、と続けようとした俺は「おまえがセルシア・ローザ・レヴィか?」と真面目くさった問いが投げられ、噴き出すのを堪えた。

「そ、そうよ! その名前で呼んでくれるなんて嬉しいわ! セルシアで構わないわ」

 にわかにテンションの上がる紫。よかったな、中二ネームで呼んでくれる奴がいて。


「そうか。では、いくつか質問させてもらおう。そこにいる悪魔は、おまえが召喚し契約した。相違ないか?」

「ええ、間違いないわ」

「何故、アンドロマリウスを召喚した? おまえの目的は何だ?」

「間違えちゃったのよ。本当は違う悪魔を呼び出すはずだったのに、真理須が出てきちゃったの」


 あまりに意表を突かれた答えだったのだろう。かくん、と合戦峯の顎が落ちた。

 レオンを頭に乗せたノアが、慌てて唇に人さし指を当てる。


「荊原さんっ! ダメですよ、そういう失礼なことを本人の前で言っちゃ! そこは嘘でもいいから誤魔化してあげないと!」


 惨めさが増した……。

「……バカな。間違えて召喚……? そんなはずが……」とぶつぶつ言っていた合戦峯だったが、紫の堂々たる表情を見て気を取り直す。


「では、おまえの秘密結社は何を目指している? 結社を立ち上げるからには目標があるのだろう?」


 その問いに俺もノアも紫を見上げた。

 秘密結社を作る、と言われ、なし崩し的に参加させられているが、その組織の目標はまだ彼女の口から聞いたことはないのだった。

 注目を浴びた紫は、漆黒の瞳をきらりと輝かせると、高らかに宣言した。




「悪の秘密結社イルミナティの野望を阻止するため、すべての悪魔をわたしたちの支配下に置くことよ!!!」




 薄く開けていた窓から春の暖かい風が吹き込んできて、机の上に残っていた貼り紙を舞わせた。それが顔を直撃する寸前にキャッチした俺は、くしゃりと紙を握り潰しながら再び呆然と少女を見上げた。長い黒髪をなびかせ力強く立つ少女。その黒曜石は揺るがない。


 おまえはソロモン王になるつもりか。


 呆れを一周回って戦慄を覚えた俺の横では、ノアがぽかんと口を開き、合戦峯が驚愕に目を丸くしていた。

 中二病もここまできたら、むしろ潔いかもしれない。誰か拍手してやれ。そんなことを思っていると、

「……で、まだクラスと名前しか書いていないのだが、私は本当にメンバーになっていいのか?」

 正気か!?

 二段落としの衝撃に愕然とした。いや、どう考えてもエセ秘密結社だってわかるよね?

紫は「当たり前じゃない!」と微笑む。


「ちょうど戦力が欲しかったところだったのよ! 特殊部隊を派遣するなんて、遂に政府も、わたしの力を無視できなくなり始めたのね。いい傾向だわ!」

「……まあ、そうなのだが、おまえが言うと間違っているように聞こえるから不思議だ」


 ぼそっと呟いた合戦峯の声は、テンションの上がった中二病には届かなかったようだ。紫は俺たちを見渡して満開の笑みを浮かべる。


「さあ、順調にメンバーも増えてきたことだし、この調子で紫の薔薇十字会を盛り上げていくわよ! 打倒、悪の秘密結社イルミナティ!」


 拳を突き上げた紫を見て、俺は「打倒、神!」と熱く叫んだルシファーを思い出し、ため息をついた。今思えば、あいつも中二病だったんだろうな……。

 とりあえず無事に新メンバー加入したわけだし、俺そろそろ正座やめていいかな。

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