二章 ⑩嘘のような本当の話

 俺は相手を刺激しないよう、穏やかに口を開く。


「えーと、かし……カシオペア、さん……?」

「か し の み ねだ。どうやら召喚されたばかりで、まだ頭が和名についていけないように見える」


 いや、きっとそれだけが原因じゃないはず、と思ったものの、俺はそれ以上言及するのは控えた。


「合戦峯さん、背中に当ててるものを下ろしてくれないかな。俺が仮に悪魔だとして、対悪魔部隊なら悪魔に普通の武器が効かないことくらい知っているでしょ?」

「無論だ。だから、この銃は悪魔にダメージを与えられるよう、聖水の入ったカプセルを弾丸として使っている。ペイント弾の聖水バージョンと思ってくれればいい。人間に対し殺傷力は低いが、おまえら悪魔が大量に被弾すれば、ベロベロになって地獄へ帰れるだろうな」


 霧吹きより実戦的な武器の登場にげんなりした。


「で、そんな物騒なものまで用意して、合戦峯さんは俺に何の用かな?」

「おまえに質問がある。正しく答えろ。虚偽を言ったとわかれば、容赦なく撃つ」


 勘弁してくれ。紫にしろ、こいつにしろ、なんで悪魔の俺が脅されなきゃならないんだ。

 思ったが、発砲されたくない俺は逆らわずに頷いた。


「おまえのマスターは誰だ? おまえらはどこの組織に属している? おまえはマスターとの契約で何を命じられた? おまえのマスターは何を企んでいる?」

「マスターはセルシア・ローザ・レヴィ。秘密結社、紫の薔薇十字会に属している。俺は常にマスターの護衛をするよう命じられた。当面、秘密結社のメンバー集めを企んでいる」

「……ふざけているのか?」

「哀しいことに大真面目だ」


 俺だってふざけてると思いたい。

「そんな名前の秘密結社なぞ、聞いたことがないな。しかも、メンバー集めだと……? やはり悪魔は素直に口を割らないか」

「――っ!」


 一際強く銃口を押し当てられ、俺は咄嗟にドアを開けていた。教室へ転がり込む。

 空気の抜けるようなバシュッという音が追ってきた。銃には消音装置が付いているらしい。弾が制服を掠め、ブレザーを濡らす。

 アクション映画ばりに床を転がった俺は、黒板前にある教卓に身を隠した。弾が教卓の側面に当たり、ベコベコと音を立てる。

「逃げても無駄だ、アンドロマリウス。出てきて正直に答えろ。おまえだって全身溶かされたくはないだろう?」


 攻撃が止み、投げられる声。

 本当に容赦はないらしい。


「だから、さっきのが正真正銘、真実なんだってば! 中二病が作った秘密結社なんだから、世間に認知されてるわけないだろ!」

「強情だな。まだそんな見え透いた作り話で言い逃れる気か」


 一歩、二歩……。微かな衣擦れをたて、合戦峯は迫ってくる。

 どうする? 本当のことを言っても信じてもらえない。かといって、それっぽい嘘をつくのも後で面倒だ。マスターの紫本人に説明させるのが一番いいのだが、今は不在ときた。

 ならば、紫が戻るまで、こちらも本気で防戦するしかない。

 教卓の陰で俺はじっとそのときを待つ。


「どうした、アンドロマリウス? 大人しく真実を語れ。さもなければ、地獄へ帰れ!」

「世の中には、嘘のようなほんとの話があるんだぜ……!」


 合戦峯が床に敷かれていた魔法円の布を踏んだとき、俺は魔法円を開いた。

「なっ……!」

 湧き起こる地獄の瘴気。全開にしていないから、合戦峯が地獄に飛ばされる危険はない。だけど、驚かすには十分だったようだ。

 その隙に俺は教卓から飛び出す。

 そこには、ダークブラウンの髪をポニーテールにした長身の女子がいた。楕円形の眼鏡をかけていて知的さが漂っている。が、手には拳銃を持ち、床から吹き上げる風で露わになった太腿には、がっつりホルスターが装着されていた。

「おのれ、卑怯な……!」

 スカートを片手で押さえながら、合戦峯がもう片方の手で銃を向ける。

 だが、遅い。

 トリガーを引くより早く、俺は彼女へ跳びかかっていた。

 銃身を掴み、捻り上げる。弾が天井にぶつかる音がした。

 銃を奪い合い、俺たちはもつれるように倒れ込む。合戦峯の手首を押さえつけ、跨ると激しい抵抗がきた。


「放せ、悪魔めっ! 私をどうするつもりだ……!」


 銃さえ奪えば、どうもしねえよ。

 しかし、それを言う余裕はなかった。特殊部隊だかなんだか知らないが、合戦峯の腕力は女子高生レベルを遙かに凌駕していて、非戦闘系悪魔の俺は、歯を食い縛って押さえつけなければならなかった。

 空気を読んだレオンがポケットから出てきて彼女の拘束にかかる。

 一方で合戦峯も必死らしく、懸命に身体を捩る。

 と、ブチ、と何かが弾け飛び、俺の頬を掠った。

何だ? と思ったのも束の間、ブラウスの胸元がぱっくりと割れ、黒いレースに包まれた大きな双丘が現れ――

 ガラリとドアが開いた。


「これでばっちりね! あとは入会希望のメンバーを待つだけだわ!」

「楽しみですね! どんな人が応募してくるんでしょう?」


 意気揚々と教室に入ってきた二人がドアのところで立ち竦んだ。

 紫が、ノアが、俺たちを見る。

 すなわち、ブラウスがはだけて下着が露わになった合戦峯と、彼女に覆いかぶさり押さえつける俺を。

 部屋が氷河期に突入した。


「………………ぃゃ、違うんだ。これにはやむを得ない深い事情があって、決して今おまえが想像しているような怪しい展開では……!」


 表情を無くして、ずんずんと近付いてくる紫へ叫ぶ。が、


「問答無用っ!!」


 向けられた霧吹きから勢いよく聖水が噴き出した。

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