二章 ⑧まず一人目
首を傾げた紫に、ノアが狼狽した。青い瞳が窺うように俺を見る。
言いたいことがわかった俺は窓へ視線を投げた。校庭では葉桜が枝をたわませ、紅白戦をしているサッカー部員たちが土煙を上げている。
「普通、魔術師は用が済んだらすぐに悪魔を地獄へ帰します。契約書があれば簡単に召喚し直せるので、契約中の悪魔をずっと傍に置いておく必要はないんです。それに、悪魔にも帰りたい事情があるといいます」
「事情……?」
「契約書を使った再召喚ではない場合、つまり初めての召喚は、地上から地獄への門を開いて行われます。魔術師は地獄へ向かって召喚したい悪魔へ呼びかけるんです。でも、目的の悪魔が地上にいる場合、その呼びかけは届きません。地上にいる限り、真理須くんは新しく契約を結ぶことができないんです」
紫がこっちを見た。俺は窓から目を逸らさなかった。シュートが打たれるが、ボールはゴール淵に当たって明後日の方向へ飛んでいく。
「悪魔はどれだけ人間の魂を奪えたかで価値が決まるそうです。たくさんの人間と契約すれば、それだけ評価されて階級が上がっていきます。自由に地上と地獄を行き来できて契約を結べた中世ならともかく、現代で地上に引き留められるのは、悪魔にとっては営業妨害です。荊原さんは知っていましたか?」
ビュン、と強い風が吹き、窓をガタガタと揺らした。
言葉を詰まらせた紫が俺とノアを見比べる。
痛いまでの沈黙。それを紫に破られる前に、俺は言っていた。
「……いやー完璧だわ。地獄のシステムをよくわかってる。新規で召喚されるとさ、地獄全土放送で呼び出しなんだよね。他人の人気具合とか丸わかりだから、あれ、マジで勘弁してほしいんだけど」
視界の端で紫が口を開いた。それでも俺は続ける。
「昔はそんな厳しくなかったんだよ。悪魔も地上にいっぱいいたし、普通に困ってる人に声かけて契約取ったりしてさ。今じゃそんなことしたら、地獄の監察官にブチのめされるけど。ところで、そこまで知ってるってことは、もしかしてノアは悪魔を召喚したことがあるのか?」
ノアに話の矛先を向けると、何故か彼女は俯いた。ツインテールが垂れる。
「……違います。あたしは実践派じゃありません。ただ、魔術に興味があって、魔術書をたくさん読んだだけで、知識だけです……」
それ以上、突っ込んでほしくない。そんな拒絶の空気を察知した。
二人の少女が気まずい雰囲気で黙ってしまう。
焦った俺は、「あー……」と曖昧な声を上げ、ノアの肩を掴んで紫へ押しやった。
「で、紫。ほら、おまえの望んでた魔術師候補だぞ。メンバーにしてもいいだろ」
強引に本題へ戻した。
いきなり前へ出されたノアは、びっくりしつつも精一杯の声で言う。
「えと、秘密結社、紫の薔薇十字会ですよね! 真理須くんに誘われて、興味が湧きました! もし入れるのなら、荊原さんが世界征服をできるように、微力ながらあたしもお手伝いをさせていただきます!」
「世界征服じゃないわよ。世界征服の阻止よ」
ツッコまれて「え、あ……」とノアが狼狽える。紫が腕を組んでため息をついた。
「……いいわ。今は一人でも多くメンバーが欲しいもの。合格よ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
歓喜してバンザイするノア。
それを横目に俺も小さくガッツポーズをしていた。よし、これでノアと話していても文句は言われないぞ。
それにしても、ノアをうまくエセ秘密結社に引き込んだ、堕天使の微笑の効果は素晴らしい。さすがは邪淫王なんてエロゲの悪役みたいな称号を持つベリアルから教わっただけはある。俺の普通な顔でやっても効力があるとは……。
「オッケーが出てよかったですね、真理須くん。あたしも頑張るんで、もうあんな苦しそうな顔しなくて大丈夫ですよ」
なかった。
嬉しそうに覗き込んできたノアから目を逸らし、俺はポケットから出したレオンを撫で始めた。
悪意のない言葉だからこそ心を抉られることってあるよね。
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