二章 ⑦魔術師の常識
「……なんで飛鳥ノアなわけ?」
放課後。
例の空き教室に俺と紫、そしてノアは集まっていた。ノアは部屋に入るなり、床に敷かれた魔法円の布をもの珍しそうに見ている。
一方、俺は窓際へ引っ張られてヒソヒソ話をされていた。吐息が耳をくすぐり、こそばゆ気持ちいい。
「ノアじゃダメなのか? 魔術の知識もありそうだぞ」
「だからって、なんであの子なのよ。あんた、金髪フェチなの?」
「いや、俺的には髪色より、胸が……」
ドスッと膝蹴りが股間に入った。おあああぁぁと崩れた俺に「ふんっ」と軽蔑に満ちた声が降ってくる。悪魔でも痛いものは痛いんです。
「荊原さん、本当にここから真理須くん出てきたんですか?」
ひとしきり布を検分したノアが、紫を振り仰ぐ。その表情は懐疑的だ。
「そうよ。そこに紋章貼って、本に書いてある呪文唱えてたら、いきなり真理須が落ちてきたのよ。最初、天井に穴が開いたのかと思ったわ」
「信じられないです……。他にも召喚してみましたか?」
「同じようにやってたけど、他の悪魔はいくら呪文を唱えても出てこなかったわ。どうせ真理須は人気がなくて、売れ残ってたんでしょ」
正解☆
蹲ってレオンを撫で始めた俺をちらりと見て、ノアは首を捻る。
「でも、レメゲトンの悪魔はほとんどが爵位を持っている上級悪魔で、呼び出すのが特に難しいって言われているんですよ? 日付や曜日、時刻、方角、星の並びが偶然うまく合ったとしても、こんな簡易魔法円で召喚してしまうなんて……」
ついでにアオカンだった。青空召喚の略な。召喚は屋外でもいいけど、人目を忍び暗くしてやろう。これ常識。
「その、レントゲンみたいなの何? 真理須からもたまに聞くんだけど」
紫の一言に、俺とノアに衝撃が走った。
「荊原さん、レメゲトン知らないんですか!? 世界で一番有名な悪魔召喚書ですよ!?」
「知らないわよ、そんなの。『この素晴らしい悪魔に祝福を!』にも『悪魔科高校の劣等生』にも『デビル・アート・オンライン』にも、そんな名前の魔術書は出てこなかったわ」
ラノベをソースにするな。
「今から約三千年前、悪魔から絶大な支持を得たソロモンという偉大な王がいた。彼は生涯で七十二もの悪魔と契約することに成功した。後にも先にも、一人の人間がそれだけの数の悪魔と契約した事例はない。ソロモンが召喚した悪魔の特徴と召喚の仕方を記したものが、レメゲトンだ。魔術師なら、それくらい知っておくんだな」
呆れた俺が説明すると、紫は不満げに口を尖らせた。
「わたしは知識派じゃなくて実践派なの。魔術師は悪魔が召喚できればいいのよ」
「昨日、召喚に成功したばかりの奴に言われてもな……」
「部屋の掃除は遅い、荷物持ちも途中休憩するし、食事の後片付けをしてくれるわけでもなく、時間ギリギリまで熟睡して、朝食を作ってわたしを起こしにも来ない悪魔に、そんなこと言われたくないわ」
それは悪魔じゃない! 家政夫だ!
俺がこめかみをヒクつかせたとき、ノアが「え」と声を上げた。
「荊原さん、真理須くん今日ずっと学校にいましたけど、もしかして召喚してから一度も地獄へ帰していないんですか?」
「そうだけど、それが何?」
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