二章 ⑥勧誘
教室に戻ると、天使が俺を出迎えてくれた。
「安藤くん。あ、もしかしてアンドロマリウスって呼んだほうがいいですか?」
ツインテールを揺らして首を傾げたノアに、俺は「いや」と苦笑し、純粋に驚いた。悪魔とわかってもまだ俺に話しかけてくるとは、なかなか度胸があるようだ。……いや、単に俺にオーラがないからかも。
「真理須でいいよ。悪魔ってあんまり知られたくないし」
「さっきはあたしもびっくりしました。まさか荊原さんが、あんなにオープンに真理須くんの正体を言うとは……オープンすぎて最初、信じられなかったくらいですし……」
まったくだ、と俺は頷く。ほとんどが食堂に出払っているとはいえ、教室に残っている生徒もいるのだ。そんなところで俺が溶けてみろ。どう収拾をつけるつもりだったか知らないが、大騒ぎになるところだった。
あとで紫には俺の正体を公言しないように釘を刺しておかないとな、と思ったところで、
「真理須くん、蛇はいないんですか? レメゲトンでは蛇持ってるって書いてますよ」
ノアに腕を突かれた。
ああ、と俺はポケットからレオンを出した。丸まっている黒蛇を見せると、「うわあ」とノアが興奮した声を上げる。
「蛇、苦手じゃないの?」
「あたし、爬虫類好きなんですよー。可愛いですよねー。ペットにしたいくらいです」
躊躇なくノアはレオンを手に乗せる。レオンも可愛い女の子に触られるのが満更ではないようで、積極的にノアの手から腕へと伝っていく。鼻先を細い舌でチロチロされ、ノアはくすぐったそうに笑った。
「真理須くんが飼ってるってことは、この蛇さんは使い魔なんですか?」
「使い魔っていうか、いろいろ制約がある俺の能力を補完してくれる、補佐役みたいなもんだな。天地大戦のときから一緒にいる相棒だよ」
「天地大戦って……?」
「大昔、天使だったルシファーが『打倒、神』を掲げて起こしたデカい戦争だよ。ルシファー側についた俺たちは普通に負けて、悪魔として地獄に追いやられたけどな」
懐かしい話だ。あの頃は神とか余裕で倒せるとマジで思ってたもんな。今考えると若かった……。
遠い目になった俺の横では、ノアが「ぁっ、ぁっ……」と何やら怪しげな声を上げている。見ると、胸元を押さえて困惑顔だ。
「どうかした?」
「へ、蛇さんが、ブラウスの中に……」
この野郎、羨ましすぎる。
「レオン」
呼ぶと、元々大きく盛り上がっているブラウスが、一際突き出した。そこか。
俺はレオンを捕らえるため、ノアの胸元に手を伸ばした。だが、そのブラウスに触れた瞬間、背中に悪寒が走る。俺は勢いよく手を引いていた。
「真理須、くん……?」
ただならぬ勢いにノアが瞬きをする。ブラウスの隙間から頭を覗かせたレオンも、俺を不思議そうにじっと見つめていた。
何故だろう。ものすごく嫌な感じがした。指先に微かに痺れるような感覚が残っている。動悸が激しくなる中、俺はふと頬に視線を感じた。目線をそっちへ投げる。
紫が連続通り魔殺人犯みたいな目でこっちを見ていた。
しまった。クラスメートと関わるなとかいう強制ぼっち命令を受けていたんだった。
思い出した俺は舌打ちを堪えて、とりあえずレオンをブラウスから引き抜いた。
レオンをポケットに突っ込んだ俺は、ニコニコしているノアを横目で見る。マスターの命令は絶対だ。だが、せっかく地上に降りたんだ。俺だって青春生活してみたい。ならば――。
こっちを窺ってくるノアに、俺はずっと前から試そうと思っていた技を発動させた。ノアの瞳を真正面から見つめる。相手と目が合うと同時に、キザっぽい表情で薄く微笑した。あとは自分の要求を言うだけだ。これぞ邪淫王ベリアル直伝、堕天使の微笑(フォールインラブ)。
「――なあ、秘密結社に入ってくんない?」
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