二章 ④秘密結社本部

 秘密結社の本部を案内するから、と俺は紫にネクタイを引っ張られ、ノアの元から廊下へ連れ出された。ネクタイはリードじゃありません。


「なにクラスに馴染んでいるのよ。あんた悪魔でしょ? もっと邪悪なオーラとか出せないの?」

「窓際にどす黒いオーラを発している奴がいるから、俺のオーラが霞んでしまった……」

「何ですって?」


 紫に射竦められ、俺は「何でもないです」と言葉を継いだ。どうせ俺にオーラなんかないよ。

 紫は授業中爆睡していたせいか、大方赤みの引いた目で俺をじっと睨んでいたが、やがて諦めたようにネクタイを乱暴に離した。長い黒髪を翻し、廊下を先行する。


「オーラは仕方ないとしても、勝手にクラスメートと親しくなるのは感心しないわね」

「親しくなんてしてないだろ。それより、俺の正体がバレちまったじゃないか。しかも、おまえが捻らないから名前まで……」


 というか、印章の存在や俺の名前を知っている時点で、ノアは魔術の知識が多少なりともあるということになる。ポイントの高い美少女が魔術師を志しているのは、喜ばしいことだ。俺も是非、応援したい。

「お弁当食べさせてもらってたじゃない。あれを親しいと言わないで何と言うのかしら?」

 見てたのか。

 前を歩く背中はどこか冷たい怒気を放っていて、下手な抗弁はできそうにない。俺は開き直ることにした。


「別にいいだろ。クラスメートなんだから仲良くしたって。隣の席なんだし」

「……あんた、狙われてる自覚がないわけ?」

「狙われてる?」


 紫の言葉を反芻し、俺は首を傾げた。

 それは、あれか? 攻略対象として狙われていると……?


「わたしは二十一世紀最大の魔術師で、あんたはその護衛なのよ! いつ悪の秘密結社イルミナティに襲われてもおかしくないんだからね。そこのところ、わかってるの?」


 そっちか。

 落胆した俺を紫はじろりと見遣る。


「……飛鳥ノアは怪しいわね。あんたを卵焼きで釣ろうとしてくるとは、刺客の可能性があるわ。注意しないと」

「あのなあ、俺は卵焼きに釣られるほど安くないぞ」

「そうね。こっちは卵丸々一個なんだから、飛鳥ノアに勝ち目はないわ」

「今からでも魂で契約しない?」

「とにかくこれは命令よ。どこにイルミナティの刺客が潜んでいるかわからないんだから、クラスメートと不必要な接触は禁止。いいわね?」


 少女が俺を睨む。


「……御意」

 マスターの主義主張がどんなに捻じ曲がったものでも、最終的に折れるべきは仕えているこっちである。自分の意にそぐわない命令でも、遂行しなければならないのがこの仕事の辛いところだ。


 そして、校舎を歩くことしばし。紫の言う秘密結社本部に到着した。

 何のことはない。そこは昨日、俺が召喚された教室だった。空き教室らしく机は十個くらいしかない。他にはロッカーと大型通販サイト、アマテンのロゴが入ったダンボール箱(「聖水」とマジックで書かれている)だけだ。床には魔法円がプリントされた安っぽい黒い布がぺらりと敷かれている。

 よくもまあ、こんな劣悪な環境で俺を召喚できたものである。

 呆れていると、紫はイスに堂々と座った。


「ここがわたしたちの秘密結社、紫の薔薇十字会の拠点よ。放課後はここに集合すること。それで、紫の薔薇十字会のメンバーとしての初仕事だけど、」

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